食後に出された甘夏を口にしながら、私は思い切って聞いてみた。2人で落ち着いて会話ができるのは、きっと、この旅が最後だ。
「なんで今さらそんな事聞くの?もう決めたって言ったでしょ」
美幸は食べる手を止めて、少し不機嫌そうに私を見る。
「だって、ただでさえ慣れない土地で、会話だってスムーズにできないかもしれないのよ。あなたと俊介さんだけならまだしも、雫はまだ1歳。もし何かあったら…」
「そんな事、分かってるよ」
小さなため息をつく美幸。
またやってしまった。私の心配癖は、いつも美幸をいら立たせてしまう。美幸が小さなため息つく度、次からは気を付けようと毎回反省していたのに。
「分かってるけど、雫が小さい時だからこそ、母親と父親の二人で育てる事が大切だと思うの」
「それはそうだけど…」
「お父さんだって、私が小さい頃はどれだけ仕事が忙しくても、必ず休みの日は家族三人で過ごしてたでしょ」
夫は、家族との時間をとても大切にする人だった。お金はないから、行くのはいつも公園だったけど、三人で囲んで食べるお弁当は格別だった。
「私も、家族を大切にしたいの」
そう言って、うつむく美幸の鼻先は、少し赤くなっていた。彼女の中で、もう覚悟はできているのだろう。
残っている甘夏を一気に口に入れ、立ち上がる美幸。
「お茶は?」
「いらない。お風呂行ってくる」
吐き捨てるようにつぶやいた美幸に、私は少しムッとした。
「そんな怒らなくてもいいじゃない」
聞こえない程度に言ったつもりだったが、部屋を出ようとしていた美幸の足が止まった。
しまった。またやってしまったか。
美幸のため息を恐れていたが、何も聞こえてこない。背中を向けたまま動かない美幸。
「ごめん、聞こえちゃった?」
あまりにも静かすぎて、私は妙に明るい声で話しかけてしまった。
「怒ってるんじゃないよ」
「…え?」
「怒ってるんじゃない。どうしたらいいか分からないの」
美幸は背を向けたまま、小さな声で話す。
「分からないって、何が?」
「だって、私が行ったら、お母さん一人になっちゃうでしょ?」
さっきまで気を張って大きく見えていた美幸の背中が、少し小さく見えた。
「親として雫の事を考えると、一緒に行きたいって思う。でも、娘としてお母さんの事を考えると、お母さんをひとり残していくのは、すごく、辛い」