「そう。あんまり無理しちゃだめよ」
「分かってるって。大丈夫だから」
『大丈夫』という言葉を美幸が使うときは、不安を抱えている時だ。美幸の小さな肩に沢山のプレッシャーがのしかかっているように見えて、私は少し気がかりだった。
部屋に戻ると、豪華な夕食が準備されていた。私たちが席に着くと、絶妙なタイミングで女将さんがごはんをよそいに来てくれた。
「親子2人旅ですか?いいですね」
落ち着きのある笑顔で私たちをもてなしてくれる女将さん。「女将」と呼ぶにはまだ年齢が少し若いように見える。40年前の当時の女将の娘さんだろうか。目じりの垂れ具合が似ている気がした。
「40年前に主人と新婚旅行でこちらに宿泊させて頂きまして、とても素敵な宿だったので、今回もお邪魔させて頂きました」
「そうだったんですね。それはそれは、ありがとうございます」
「相変わらず絶景の露天風呂ですね」
「ありがとうございます。夕陽はもちろんおすすめなんですが、朝の静かな海を見ながら入るのも、また格別ですよ。よければ是非お入りくださいね」
笑顔で頷く私を見て、
「お母さん、朝起きられるの?」
美幸が疑いの目でこちらを見ている。
そう、私は朝が苦手なのだ。美幸が結婚するまでは、いつも美幸が私を起こしてくれていた。
「大丈夫よ、旅行の日は目覚めるのすっごく早いんだから」
「へ~、便利な身体だね~」
美幸はわざとらしく大きな声で言った。
たわいもない会話をしながら、私はふと思った。美幸とこんな風に会話をするのは何年ぶりだろう。いつも家に来る時は、自然と雫や俊介さんの話になる。自分達の話題は自然としなくなっていた。
妻として、母として、たくましくなっていく美幸を見るのはとても嬉しかったが、やはり親はいつまでたっても子供の事が心配なのである。
私は美幸の母親として、彼女のことが心配だった。オランダ行きを決断した事で、少し頑張りすぎているんじゃないだろうか、不安を口に出せずにいるんじゃないだろうかと。しかし、美幸は母親に心配をされるのが嫌なのだろう。私の前では決して弱音や愚痴を吐かずにいた。
「オランダ、本当に行くの?」