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『家族の湯かげん』籐子


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 美幸は少し迷っていたが、雫も連れて一緒にオランダに行こうと思う、と私に告げた。

 初夏の温泉街は、さびれたといっても、それなりの賑わいを見せていた。40年前に宿泊した旅館に足を運ぶと、当時の趣を残しつつも、少し現代風に改装がされていた。
 新婚当初はお金がなかったが、それでも記念だからといって奮発してこの旅館を選んだ。初めての高級旅館に感動し、この感動を焼きつけようと、夫と二人で何度も温泉に入り、宿の時間を満喫した。あの頃の貧乏暇なし生活も、今思えば、とても幸せな時間だ。

「とりあえず、ひとっ風呂行かない?」
 部屋に着いて早々、美幸が言った。この旅の間、雫は俊介さんが見てくれている。久々に『母親』から解放され、『娘』に戻った美幸の顔はイキイキとしていた。私たちはさっそく浴衣に着替え、露天風呂に向かった。
 目の前に広がる大きな海。この旅館の一番の売りである絶景露天風呂から見る景色は、40年経った今でも素晴らしい。この景色を二人占めしている事、そして、まだ陽が高いうちに温泉に入っているという優越感。ひときは大きなうなり声が出てしまうのは、言うまでもなかった。
「美幸もお父さんに似て、温泉好きよね」
「まあね。昔からお風呂が好きだったから、自然と温泉も好きになってたかな」
 美幸は、夫の十八番である井上陽水の少年時代を口ずさむ。
「お父さんいっつもこれ歌ってたよね。いろんな曲歌っても、最後は必ずこれで締めて風呂から出る!みたいな」
「確かに。お風呂に入ってるんだか、歌の練習しに行ってるんだか、よく分からなかったもんね」
「まあそのおかげで、社会人1年目の時は、昔の歌をよく知っているっていう理由で、カラオケで上司に歌わされたなー」
「そうだったんだ」
「うん。最初は面倒くさかったし、おじさんという人種の対応に少し戸惑ったけど、そのおかげで上司や先輩と距離が縮まったから、結果としては良かったんだけどね」

 美幸は、結婚するまで食品メーカーで営業として働いていた。残業が多く、仕事はハードだったが、文句も言わず、懸命に働いていた。自分から仕事の話をする事はほとんどなかったが、社会という荒波の中で彼女なりに居場所を作って頑張っていたんだなと、美幸の横顔を見て改めて思った。

「オランダでの生活の準備は進んでいるの?」
「うん、なんとか。まだやることはいっぱいあるけど、あと2ヶ月もないしね。とりあえず必要最低限まではやって、後は向こうで考えようかなと思ってる」

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