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『夏のにおい』櫻井きりめ


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 私の隣で、どこか安心したように、体のこわばりがわずかに緩んでいるのを気配で感じた。反して、正面にいる父の表情はさらに険しさを増していく。
「ふざけるな!いつもいつも、お前は無鉄砲すぎる!」
 学生時代から何度となく叱られていたけど、これほど強い口調で怒鳴られたのはこれが初めてのことだった。わなわなと顔をゆがめる父と目が合う。恐いとは思わなかった。ただ、胸が少しだけ痛くなった。
 母の方へと視線を移すと、話を聞いてはいるだろうけど、ゆらゆらと小さく立ちのぼる蚊取り線香の煙をじっと眺めている。私はどんなシーンでもペースをあまり崩さないところは思い切り母譲りだと思う。そして、こうと決めたら決して譲らない頑固なところは、嫌になるくらい父に似ている。
 いつもの私なら、諦めるか押し切ってしまうかなのでけど、今日はそのどちらもするわけにはいかなかった。今日ばかりはなんとしても認めてもらわなければならないのだ。
「おとうさん」 
 そう呼びかけたのは、私ではなく膝の上で固くこぶしを結んでいた悟だった。
「僕は、僕たちは、世間の順番とは違う道を通ったのかもしれません」
 普段は気の弱い彼が、私と私たちのこどものために、一生懸命想いを伝えようとしている。私も。その気持ちを込めて彼の拳に手のひらを重ねた。
「ですが僕らは決してふざけている訳でもなく、真剣に考えています。お父さんにとってはご納得いかないことも重々承知しています。今日僕は何発でも殴られる覚悟できています。」
 悟はサッと座布団から降りて、膝の前に手をついて頭を下げた。私もすぐにそれに倣って同じような格好を取る。風に揺れる風鈴の音が、私たちの間を通り過ぎていく。
 「…もう勝手にしろ」
 吐き捨てるような声が頭上から降ってきて、思わず顔を上げると、父はこちらを見ずに立ち上がろうとしていた。話を終わらされてしまう、そう思った私はバッと立ち上がって父を呼び止めた。
「逃げないでよ、お父さん」
 父が私をにらむ。男性にしては小柄な父の目線は、丁度私の目線と真っ直ぐにぶつかる位置にあった。小さなころは大きな岩のように感じていた父の姿。それがこんなにも頼りなく見えるなんてと、私は心の中で衝撃を受けていた。私が目をそらさず言居ると、父の方が先に気まずそうに視線を下げた。
 「勝手にすることだってできるよ。もう私も大人なんだから。」
  母の脇にある蚊取り線香の灰が、重みに耐えられずにぽそりと落ちた。悟が心配そうにこちらを見上げる。
 「…だったらそうすればいい」
 「そうしたくなかったんだよ。だって」
 私はまだ膨らみ始めたばかりのおなかにそっと手を置いた。まだ胎動はないけれど、小さな心臓がぽこぽこと動いている様子が手のひらに伝わってくるように感じる。

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