背の低いテーブルをはさんで、これでもかというくらいに硬く眉を寄せた父。母は少し間隔をあけて、丁度テーブルの角と縁側の間くらいに座っていた。母は縁側に置いてあった渦巻きが半分ほど残った蚊取り線香を手前に引き、シュッとマッチをすって火をつけた。マッチの先が焦げるにおいがして、私は「夏のにおいだ」と思った。
私の隣に座る悟が、これ以上なく緊張しているのがひしひしと伝わる。私も同じように緊張していたけれど、それよりもどこか父とこれから戦うような、反対に許しを請うような、言い表せない感情が渦巻いていた。
父がゆっくりと視線を上げる。その目は少し困ったようにも、怒っているようにも見える。久しぶりに正面から父の顔をみたような気がする。記憶の中の父よりもいくらか髪は白く、しわが深くなっていたことにひどく驚いたのを覚えている。
「恵子」
少し歳を取った父の低い声に、私だけじゃなく悟の肩もピクリと揺れた。
「お前、どう思ってる。」
父は、昔と変わらない鋼のように鋭い目で私に問うのだった。
「ごはん食べてきたの?」
「うん、途中のファミレスですませたよ」
「なんだ、もっと早く来て昼飯も一緒に食べればよかったじゃないか」
孫との時間が一分も惜しい父が拗ねたように言うものだから、思わず悟と顔を見合わせてしまった。
ちりん、と細い透明な音がする。また今年も母が風鈴を下げたのだ。母が出してくれた麦茶は良く冷えていて美味しかった。実家で母がいれる麦茶は、何が違うのか美味しく感じる。
父は理恵の気を引きたくて、お菓子や本などで誘っては見るが、なにせ年寄りの家にある物だ。三歳の理恵の興味はひかない。
「じゃあ、散歩にでも行って来たら?」
「うん!行こう、おじいちゃん!」
散歩と聞くなり、理恵が目をキラキラさせ始める。実家の周りには田んぼや、小川や原っぱなど、理恵にとっては楽しくて仕方ないものがたくさんある。今住んでいる家は住宅街の中にあるから、そういう場所で遊べる私の田舎が理恵は大好きなのだ。私は子供を産んで初めて、目が輝くという状態を実感した記憶がある。
父は仕方ないな、なんて呟きながらもそれはそれは嬉しそうに立ち上がり、準備を始めた。早く早く、と急かす理恵に手を引かれる
形で客間を出ていく父の背中を見送る。背中、あんなに小さかったかな、と少し寂しい気持ちになった。
どう思ってる、と問われて。私の答えは一つだったから、少しも悩まなかった。
「この人と結婚して、子供を産みたい」
ずっと固く結んだままだった唇が渇いていたけど、自分が思うよりずっとはっきりと言葉にできた。