もしかしたらこの家で猫と三人で暮らす日々を、夢想していたこともあったかもしれない。
「あんたの喉が心配だから大好きな猫飼えないのよ、なんて言えないよね」
「口が裂けても言えないな」
二人で笑いながらコーヒーを流し込む。
温かいものがゆっくりゆっくり体の中へ落ちてゆく。喉からお腹を通って、指先やつま先まで。それは、時間はかかるけど、私を確かに暖めてくれる。
母がこの家に戻ることは、もしかしたら二度とないのかもしれない。あったとしてそれは、母の人生の終わりと直結している。この家に住む間、二人しかいない家族なのに、最後は通じ合えなかった。私はそれを、本当に後悔している。
その後悔を、悲しみを、私はこれからも少しずつ味わうこととなるだろう。そしてそれと同時に、母が残してくれた思いにも出会えるのだろう。
次に信也の家へ行くときは、モミジに会いたい。また咳が出るのだろうか。でも、もしかしたら大丈夫かもしれない。そうじゃないかも、しれないけど。
母の思いをひとつひとつ確かめながら、生きてゆくのも悪くない。
秋の訪れを知らせる紅葉のように、明るいオレンジ色の毛並みを思って、私は二口目のコーヒーを流し込んだ。