「ほんとに田舎やろう、ここら辺は。人より猫の数の方が多いんやわ」
湯呑にお茶を注ぎながら、お義母さんが楽しそうに笑った。
「そういえばモミジは?」
「外やろ、最近ずっと外におる」
信也の言葉を受けて、初めてお義父さんが口を開いた。まだ夏の気配の残る、ゴザを敷いたリビング。初対面同士の大人がひざを突き合わせていると、四人といえども圧迫感がある。怖い人ではないんだけどね、と信也が濁した通り、お義父さんはその無口さで少しだけ緊張感を場にもたらす人だった。
「いいですね、猫。私も小さい頃飼いたかったけど母がダメって」
モミジ、とは岩下家で飼っている猫で、事あるごとに信也の話に出てきた。濃いオレンジに近い毛並みの猫だから、モミジ。もう妙齢の猫らしく、学生時代からの思い出の景色に動物がいることが、私はとても羨ましかったのだ。我が家のルールはすべて母が牛耳っており、お金の使い方はもちろん、洗濯物の干し方、勉強の進め方に至るまで、細かく定められた。母が「猫は毛が散れる」と言ったら、それは我が家では飼いません、の意思表示であった。
「お母さん動物苦手だったんかねぇ」
お茶をすすりながら、信也に似た目が細められる。
「毛が散れるのが嫌みたいで……」
信也とお義母さんが同時に、あ~わかるわ~とシンクロする。あまり聞けない信也のなまった発音も相まって、思わず笑ってしまう。
「二人すごく似てますね」
「よく言われんのよねぇ」
ふふっ、と朗らかに笑うお義母さんを見ていると、この母にこの子ありだな、と思う。ふじに会いたがっていたという言葉を思い出し、胸が温かくなった。散れる毛に文句を言いながらも、猫と暮らす家族、その在り方の下に育った信也なら、信頼できる。改めてそう思う。
「今日、お二人に会えてよかったです。ここに来られて。これからもよろしくお願いします」
最初の時のように深々と頭を下げると、私以外の三人もゆっくりとお辞儀を返してくれた。
シュッとマッチを擦ると、硝煙の香りと共に小さな炎が上がる。
「今日は久しぶりが多いなぁ」
そう言って蚊取り線香に火をつけると、ん?と読んでいた雑誌から信也が顔を上げる。
「久しぶりの海、マッチ、蚊取り線香……」
緑色の渦巻きを蓋に収めて、缶の上にかぶせる。
「語句がほんと小学生の夏休みって感じ」
「実際は婚約のご挨拶だけどね」