「知らないわよ。自分で訊いて」
父は黙りこんだ。「あいつはいつも忙しくて、わしの話なぞ聞こうともしない」
父は、兄の渡にはいつもなにもいわないのだ。それでいて、なぜ渡たちは顔を見せにこないのだ、と美咲に不満をぶつけてばかりいる。まるで美咲のせいだといわんばかりだ。
美咲からすれば、渡は昔からかわいがられていた。それに引き替え自分はいつもがみがみいわれてばかりいたような気がする。なにをするにも反対され、文句をいわれた――そんな思いをしてきたわたしが、どうしていま、こんなふうに父との不愉快な会話のまっただ中に放りこまれなきゃならないの?
父はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「そろそろ庭の手入れが必要な時期だ。おまえ、わしの代わりに世話しておいてくれ」
「はぁ?」このうえ庭の世話まで?「なんでわたしが?」
「ほかにだれもいないだろうが」
「兄さんにやらせれば?」
「やるわけないだろう、あいつが」
「どうしてわたしならやると思うの?」
「ほかにいないんだから仕方ないじゃないか」
「おかしいでしょ、それ!」美咲はつい大声を出してしまい、あわてて口に手を当てた。
「とにかく、庭なんて放っておけばいいじゃない。仕方ないわよ。もともとお父さんが自転車に乗ったりしたのがいけないんだから」
「これから雑草の季節だ。庭が荒れてしまう」
「わたしの責任じゃないから」
父はそれきり口をつぐみ、目をつぶってしまった。そのまま寝こんだようなので、美咲は静かに病室をあとにした。庭のことはともかく、とりあえず実家の様子は見にいかなければならないだろう。
そぼ降る雨の中、実家までの道のり、ずっと心が重かった。どうしてわたしは父を前にすると、ついあんな口を利いてしまうのか?
いいえ、悪いのは父のほう――美咲は首を振った。こちらのことなど考えもせず、自分の都合ばかりを押しつけてくるんだから!
実家に足を踏みいれたのは数か月ぶりだった。ひとり暮らしの父のことがいつも気がかりではあったが、兄さんが行かないのにわたしだけ行く理由はない、とあえて足を向けずにいたのだ。それに行ったところで、例によってあれこれ文句をいわれるだけだ。