そう言ってくれただけで、よかった。私は、一瞬、本当に、そう思ったけれど、欲が出て、できたら言おうと思っていたことを、やっぱり思い切って、提案してみることにした。
「お母さん、今度、家族みんなで、本当の温泉に行ってみない?」
「え?」
母が、少しだけ不安そうな顔をしたけれど、私は、続けた。
「お母さんみたいにね、手術をした人って、やっぱり、温泉に入ることを躊躇う人、多いみたいなの。これ見てくれる?」
私は、パソコンで検索した、あるHPをコピーしたものを、母に見せた。
「『ピンクリボン』って知ってる? 乳がんの正しい知識を広めて、乳がん検診の早期受診を推進することとかを目的としてる活動のシンボルみたいなんだけど……」
「うん。なんとなく知ってるわ」
「そのね、『ピンクリボンのお宿ネットワーク』っていうのがあるみたいで、乳がんで手術をした人に配慮した温泉宿らしいの」
「そんなのがあるのね」
「例えば、部屋に温泉があったり、貸切風呂だったり、洗い場に仕切りがあったり、旅館によっては、入浴着があったりと、いろいろ工夫しているみたいなの」
「そう!」
母の目が、輝いた。
「だからね、温泉にも、また、きっと行けるわ! 一緒に探してみよう!」
「そうね! ありがとう!」
母は、少し、泣いていたみたいだった。だけど、笑ってもいた。笑顔の上の薄いベールのような膜が、その瞬間、溶けてクリアになった気がした。