眉間を人差し指で撫でると、このミケ猫っぽいやつは、ふにゃあ、と言って伸びをした。
冷暖房完備のコンクリートの建物で1分刻みのスケジュールに追われていたサラリーマン時代は、ただ死に向かって時間を削っていただけだ。会社を辞めてしばらくぼんやり過ごして、ふと、カーテンを開ければ家の中に光が入ってくることを知った。窓を開ければ、風が入ってきた。
生きている。
こんな当たり前のことを、どれくらい前から忘れていたのだろう。空は青く、草木にはいろんな緑があって、妻の笑顔はかわいい。米は炊き加減で味が変わるし、家族で食べればますます美味しい。
だから、そのとき決めた。
スキマ時間は、使わない。
スキマから、光が、風が、笑顔が生まれるのだから。
タッタッタッタッタ。
軽快な足音が近づいてきた。
タッタッタ、タ。
家の前で止まった。
妻が閉め忘れたドアの細い隙間が広がって、明るい長方形になって、その真ん中に、あ、小麦色の笑顔が咲いた。
「お父さーん、お母さーん、ただいまぁ。」