あれから13年が経った。私達は小さな庭付きの一軒家を手に入れた。家族も増えた。
専業主夫も楽ではない。汗臭い子ども服の洗濯。掃除しても掃除しても片付かない部屋。「また息子さんが友達と喧嘩しました」という学校からの電話。だけど、家事が終わってから子どもが学校から帰宅するまでの短い時間、主夫はお昼寝ができる。 私はシロちゃんが寝ている姿を見るのが好きだ。私は、シロちゃんのメガネをそっと外すと、机の上に置いた。目の下のクマはずいぶん薄くなった。青白かった頰は、ピンクがかった白になった。
ぱくっ、ぱくっ、ぱくっ。
口が開いたり閉じたりしている。もうすぐお目覚めの時間だな、とわかる。シロちゃんがポカンと口を開いているときは、リラックスしているとき。半開きのときは、集中しているとき。への字に結んでいるときは、緊張しているとき。右端だけ上がっているときは、何かを企んでいるとき。そして、ぱくぱくと動かすのは、寝入る直前と目覚めの前、すなわち眠りが浅いときだ。
子どもの帰宅まであと20分。洗濯物畳みを仕上げておこう。
* * *
すぅ、すぅ、すぅ、すぅ。
足元で、妻が転がっている。洗濯物が畳まれて、几帳面に重ねてある。
「ふにゃー、ふぃろちゃんは、あたひが、まもるからね。」
「ミケ?」
寝言か。
妻は、わたしをシロと呼ぶ。気ままな性格がネコを思わせるのであろう。わたしも、妻をミケと呼んでいるうちに、呼び名として定着してしまった。
わたしが退職してから13年。妻は、教師としての仕事柄も影響してか、休むのがヘタだ。少しでも時間があけば、掃除機をかけたり、教育関係の本を読んだり、子どもの宿題に口を出してはうるさがられたりと自分を忙しくしてしまう。白く瑞々しかった頬も、今では茶色いソバカスと黒いホクロができて、本当にミケ模様になってしまった。
洗濯物の上に、一筋の光の帯が見える。急いで帰ってきたのであろう、玄関のドアが完全に閉まらず、隙間から陽が差している。
(自分ではしっかり者のつもりみたいだけど、結構、ぬけているんだよなぁ。)
風が妻の髪を揺らして、頭のてっぺんにある白髪がキラリと光る。わたしは妻の寝顔に囁いた。
「ちゃんと、休むんだよ。」