しかし、不意に体から痛みが消えた。私は意識を失ってしまったのだと考えたが、頭上から声をかけられた。
「大丈夫ですか」
それは聞き覚えのある声だった。顔を上げて見てみると、私の体はヒーローに支えられていた。
薄暗い路地裏でも分かる赤いコスチューム、頭部から二本生えている流線形のツノ。テレビの中でしか見たことのないヒーローが、確かにそこにいた。戦闘員と同様に覆面を被っていたので表情が分らなかったが、明らかにこちらを心配しているようだった。
「ここは危険です。早く逃げて」
ヒーローは私が意識を取り戻すと、支えていた手を放した。私は混乱していたがとりあえずその場から離れることにした。しかし、まだ酔いの醒めていなかった私は数歩歩いただけで炉端にへたり込んでしまった。
「次はお前だ」
自動販売機の明りしかない薄暗い路地裏だったので、ヒーローは私がその場から離れたと勘違いしたようだった。
ドカッバキッという不穏な音が聞こえたので、視界が利かなくても肉弾戦が行われているのは分かった。やがて喧噪が収まり、私がいる場所と逆の方向に人の走っていく音がした。どうやら、ヒーローが立ち去ったようだった。
私は腰を下ろしたまま、妙な昂揚感を得ていた。しかしその直後、私は驚くべき場面に遭遇した。
「痛えなあ」
暗闇の向こうで痛みを訴える声が聞こえた。はて、そこにいたのは誰だっただろうか。私は這いつくばって声の主が誰なのか確認することにした。
「運が悪かったぜヒーローに会うなんてよお」
そこにいたのは、たった今ヒーローに成敗された戦闘員だった。体の調子を確かめるように、肩をグルグルと回していた。
「お疲れ様です」
すると、自動販売機の裏からもう一人戦闘員が現れた。新たに現れた戦闘員は殴られた戦闘員の体についた埃を払ってあげた。
「なんで助けてくれなかったんだよ」
「仕方ないじゃないですか。ヒーローと違ってこちらは予定外の戦闘が禁止されているのですから」
それはそうだけどよ、と殴られた戦闘員は溜息をついていた。
「そんな馬鹿な」
このときの私の驚きが想像出来るだろうか。本格的な改造を施された怪人や、戦闘員や怪人の上司にあたる幹部ならともかく、一般の戦闘員が喋れるだなんて全く予想していなかったのだ。戦闘員とは会話する能力がなく、ただ命令されて戦うだけの存在だと思っていた。
「誰だそこにいるのは」