8月期優秀作品
『ヒーロー参上!!!』浴衣なべ
この世に神や仏がいるかどうか分からないけれど、平和を守るヒーローは実在する。彼は悪者を蹴散らし、困っている人を助け、どんな苦境に陥ったとしても決して最後まで諦めない。そして、必ず最後に知恵や勇気を発揮して、悪を倒すのだ。ヒーローに救われた人々はたくさんいる。私もヒーローに助けられた一人だ。
その日、私は酒に酔っていた。長年働いていた会社を理不尽な理由で解雇され、帰宅もせずただひたすらアルコールに逃げていた。酩酊した状態で歩いていると、同じように酔っぱらった男性二人組と口論になり、殴り合いの喧嘩になった。
二対一の喧嘩は私が一方的に殴られるだけで終わった。鼻血がどくどくと溢れ、頬が膨らみ、瞼は両方とも塞がりかけた。交差点のミラーに写っていたのは、人間というよりも醜い怪物だった。
怪我による発熱とアルコールのせいで喉の渇きを覚えた私は、飲み物を求めて夜の街を歩き始めた。家の近くにある自動販売機まで辿り着くと、照明に吸い寄せられた羽虫に混じって蠢く人影があった。それは、私が生まれて初めて見る、本物の戦闘員だった。
戦闘員のことは知っていた。毎日テレビや新聞で報道されていたからだ。秘密結社の構成員である彼らは、社会的要人の拉致監禁、建築物の破壊など、様々な違法行為を繰り返していた。
私の目撃した戦闘員は、内臓をひっくり返したような生々しいテカリのある黒い服に身を包み、何やら自動販売機に細工を施していた。
「なんだ君は」
アルコールで正気を失っていた私は無謀にも戦闘員に話しかけた。
戦闘員の表情は覆面を被っていたので分らなかったが、黙ってこちらを観察しているようだった。生き物ではなく、よく出来た人形と正対している気分だった。
「どいてくれ」
私は野良犬でも追い払うかのように手をひらひらと払った。すると戦闘員は首をゆらゆらと揺らし、少し戸惑いながら自動販売機から離れた。
私は水の入ったペットボトルを購入して取り出し口から掴んだ、その時。
「ぐえ」
私は呻き声を上げた。いつの間にか、戦闘員が後ろに回り込んでいて私を羽交い締めにしていたのだ。
戦闘員の恐ろしさは一般人では到底敵わない戦闘力にあった。巨大な岩石を持ち上げる腕力、走行している乗用車を追い抜く脚力。戦闘員を撃退しようとしたら銃火器を使用しなければ難しい、と主張する専門家さえいた。
戦闘員は徐々に締め上げる力を強めていった。骨が軋み、呼吸することが難しくなった。私は激痛により意識が遠のいていった。