都内に住む里香の両親は真面目を絵にかいたような人たちで、出迎えの際も農作業着やジャージ姿ではなく清潔感のある服装だった。
里香が事前に結婚のことを匂わせており幸弘のことも話してあるとの事だったので「大丈夫、大丈夫」と幸弘は自分に言い聞かせるように呟いて自分を落ち着かせた。
里香の家ではフローリングの応接セットのある部屋に案内された。実家の畳の居間とは違い寒風を足元に感じながら背筋を伸ばして座った。額からは汗が出ていた。
里香の父と母、幸弘と里香でソファに座り向かい合う。幸弘はまずは挨拶をしようと杓子定規でどこかぎこちない挨拶をした。声は上ずっていた。
里香の父が話し始めた「緊張しなくても大丈夫だよ。弘幸君のことは里香からなんでも聞いているからね。リラックスしていこう」
「……はい。ありがとうございます」幸弘はすぐに違和感に気付いたが流すことにした。
「ちょっとお父さん!弘幸じゃなくて幸弘だよ」一瞬の間の後、里香が言う。
「これは、これは失礼しました。すまぬ青年!」里香の父が左手で手刀を切ると右手をやや後退気味の額にポンポンとあてながら言う。
パンチの弱い冗談なのかもわからない里香の父の言動に誰も言葉が出ない。数秒の沈黙ののち誰からともなくフフッと吹き出した。つられて皆が笑った。皆がそれぞれ程度の差はあるが緊張していた。里香の父の言葉で皆の緊張もどこ吹く風と言わんばかりに飛んで行った。もしかしたら里香の父の気遣いだったのかもしれない。
だが結婚の許しをもらう際は里香の父も母も途端にシブイ表情をつくり、二十八歳になる一人娘の出生から現在までを思い出しているようだった。幸弘は里香への想いを伝え、一生をかけて愛していくこと。支えていくこと。育んでいくことを伝えると「里香を頼む」と里香の両親から頭を下げられた。里香はそれをみて泣いていた。幸弘もなぜか泣きそうになったが、たぶん自分が泣くところではないと思い必死でこらえ「はい!」と答えた。
間もなくして結婚式の日を迎えた。どこで式を挙げるかで、ひと悶着あるのではと幸弘は考えていたが幸弘の母が東京で式を挙げてほしいとしきりに言うので都内で挙げることになった。
「私たちは田舎暮らしだからたまには東京で贅沢してみたいのよね。スカイツリーも見たいし」とはしゃいでいたが、おそらく里香の両親に気を遣ったためだろう。以前幸弘が上京する際に「東京はバカの住むところだ。何をおもって人ごみにさらされたいのかわからん。私は遊びでも行きたくないわ」と言っていたからだ。里香の両親もなんとなく汲み取っているようで恐縮していた。
結婚式は小規模なささやかなものであったが滞りなく進んでいった。新郎から一言でマイクを渡された幸弘が発言する。
「僕は里香さんを日本一、いや世界一、いや惑星一幸せにします」幸弘は毅然とした決意表明のつもりであったが、会場の皆の肩が揺れていた。