四人で朝食を済ませミカン畑へと足を運んだ。父は幸弘が中学時代に来ていた体操ジャージ姿だった。胸にあてがわれた≪三の二奥村≫のゼッケンに懐かしさを感じつつも父に聞いた。
「なんで昨日、母さんはスーツなのに親父はジャージ姿だったんだよ?」昔から父にはひょうきんな一面があることを幸弘はわかっていたが、せめてポロシャツくらい着ていてほしかったと思ったので聞いた。
「バカ野郎、あれは、その、なんだ……俺まで母さんみたいに固い服装だったら里香さんが緊張すると思ってだな。あえて着たんだよ。それと今日のジャージもそうだよ。里香さん、まだ緊張しているだろう」父が照れながら言う。
「そうか。気を遣ってくれていたんだな」幸弘は少し目頭が熱くなった。
「それとな、毎年定期的にお前の住んでいるアパートにミカンが届くだろ。着払いで。あれ何で着払いかわかるか?」
「……嫌がらせかな、最初は受け取るだけだったのに最近はミカンを受け取るのに金がかかるし……」わからないといった表情で幸弘が答える。
「何もわかってねえな。お前は着払いの時だけ実家に電話を入れるだろ」
「そりゃそうだよ。むかつくだろ。着払いなんて」
「母さんな、お前の声を聞きたいからって、わざと着払いにしてお前からの電話を待っていたんだとよ」
「そんな理屈あるかよ!声が聞きたければ電話すればいいだろ?」
「なんだかなー。こっちからはかけづらいんだとよ。仕事中だったらどうしようとか、寝ていたらどうしよう、起こしたらわるいとか、あれこれ考えると気が引けるそうだ」
「そうか……そうだったのか」鼻の奥がツンとした。幸弘はまたしても熱くなった目頭を乾かすために顎をひょいと突き出す。
「なんだ猪木か」父が面白くもない芸人のそれを見ているような目で問いかける
「違うわ」幸弘が返す。
二泊三日の実家への帰省は結婚報告という重大任務を終えるとあっという間に過ぎていった。
最終日に目が覚めて一階へ降りると母が里香の肩を揉んでいた。
「若い人でも慣れないことすると肩が凝るのね」と母。
「ミカンちぎり大変でしたから。あっ、そこそこ。お母さん上手ですね」と里香。
里香も母を家族と認識したようでもう遠慮はないようだ。この光景を見てホッとしたのか胸をなでおろす幸弘。
「あんたたちも忙しいだろうけどお盆や正月はできるだけ帰ってきなさいよ」若干の照れを見せながら母が言う。そういえば父も母もちょっと見ない間に小さくなったなと思いながら「ああ。そうするよ」幸弘は照れながら返した。
東京に戻るとその足で里香の両親へ結婚の許しをもらいに向かった。実家への報告でもそれなりに緊張した幸弘。次はお許しをもらいに行く立場なので幸弘は実家以上に緊張していた。