「ああ、紹介するよ。彼女は横山里香さん付き合って三年になる。実は彼女と結婚しようと思っていてさ。それで今日来たわけよ」
「はじめまして横山里香と申します」里香はいつもより二オクターブは高い声であいさつをした。相当緊張しているようだ。
「まあ、ようこそおいで下さいました。ささ、どうぞ、どうぞ」母は悪代官を接待するかのような物言いで幸弘と里香を居間に通した。廊下で幸弘にだけわかるように視線を向けると鬼の形相で睨んだ。「ごめん、ごめん」幸弘はギョッとした。とりあえず謝る。
居間に案内されると「五分だけ待っていてね」母はそう言うと「ちょっと、お父さーん」と大声を発しながら消えていった。
「ごめんね、緊張している?」里香のことを気遣う幸弘。
「ううん。大丈夫。お母さん楽しそうな人だね」里香が答える。その後は、この町はデパートの一つもなくてね。人口も五千人もいないんだよ。この辺りの農産品はミカンだよ。うちも家庭菜園程度だけどミカンをつくっているんだよ。と田舎自慢のようなことを言った。
三十分ほど経過しただろうか。
「失礼いたします」母のよそいきの声がこだまし、父とともに居間に入ってきた。正装していた。母は淡いブルーのスーツにフリルのついた白いブラウス姿で父はスポーツブランドのジャージ姿だった。幸弘には先ほどの母の鬼の形相の理由がなんとなくわかった。
畳に据えられた長方形のテーブルに幸弘と里香、父と母が向き合って座る。
「あのさ、玄関先でもちょっと話したけど彼女と結婚しようと思っているんだ」幸弘が伝える。突然のことに父と母は驚いたように少しのけぞるが、表情からは笑みがみえた。母が身を乗り出して里香に聞く。「お嬢さん……横山里香さんでしたかね。あの、幸弘は小さいころから出来の悪い子で勉強もスポーツも苦手な子でしたが――本当に幸弘でいいんですか?」母の物言いに幸弘は少しムッとして俯いた。
「はい。幸弘さんがいいんです。私、幸弘さんとなら、うまくやっていけると思うんです」里香が答える。幸弘も俯いていた顔をあげ「俺たちならうまくやっていけるよ」と自信ありげに父と母に伝えた。
「それならなあ、母さん。いいんじゃないか」父が今にも小躍りしそうな勢いで母に話しかける。
「いいに決まっているじゃない!今日はめでたい日よ」母が満面の笑みで言った。
その日は四人でささやかな食事会をしながら幸弘が東京に出てからの十年間、顔を合わせていなかった家族が思い出話や十年間での出来事などに花を咲かせて語り合った。
翌朝、目が覚めて一階に降りると里香が母の肩を揉んでいた。母にとって里香は家族であるという認識でもう遠慮はないみたいだ。「今日は二人にもミカンちぎり手伝ってもらうからね」母が言う。