「『暫定的』は、仮にって意味かな。咲良の母ちゃんがとりあえず一歩リードだな」
「やった」
咲良ちゃんは喜びます。母親がくそばばあ認定されて喜ぶのもどうかと思いますが。
「さて、次は……」
クラスのみんなが次々に発表していきます。
長電話がすぎるだとか、お小遣いをくれないけちなくそばばあだとか、もうみんなの愚痴大会です。翔太君の場合はとにかく勉強にノルマを設定するノルマばばあだとか悪態をついていました。
そんな中、最後に口を開いたのは稔君でした。
「たぶん、僕のお母さんが一番くそばばあだな」
その言葉に一瞬クラスが静まり返りました。だって稔君のお母さんは去年亡くなっていたのですから。
なごやかだった雰囲気に水を指してしまったと感じたのか、慌てて稔君は訂正します。
「ごめんごめん、いいお母さんだったんだよ。でも――」
手のひらを広げてぱたぱたと否定するように振ります。少し間を開けて稔君は続けました。
「僕のお母さんはね、あまりしゃべらない静かなお母さんだったんだ。僕のことを叱ったりなんてしなくてね。怒ったとこなんて見たことがないよ。何を言ってもいつもいうことを聞いてくれたし。あれ欲しいとかこれ欲しいとか言ったら、まあ買ってくれないこともあったけど買ってくれたほうが多かったかな。あれして、これしてなんて僕が言うとだいたい聞いてくれたし。あまり勉強しろとか言われなかったし、僕が一人っ子だったからかな、しっかりしなさいとかあれしちゃだめですとか、言われたことはなかった」
「いいお母さんじゃん」
誰かが言いました。
「うん、いいお母さんだった」
「全然くそばばあじゃないじゃん」
「うん……」
稔君は黙り込んで俯きました。すぐに顔を上げて話を続けます。
「一度さ、小学校一年生の時だったかな。友達が遊びに来てさ。『俺の母ちゃん、なんでもいう事聞くんだよ』なんて言っちゃったんだ。いろいろ聞いてくれてなんでもやってくれるお母さんだったからそんなこと言っちゃったんだよね」
クラスのみんなは稔君の話を聞こうと静まり返っています。
「それでさ、友達に『俺の母ちゃん、くそばばあって呼ぶと来るんだぜ』って言ったのでもさ、それまでくそばばあなんて呼んだことはなかったんだよ。なんであんなこと言ったんだろう。僕もさ、ほんとに来るとは思わなかったんだ。玄関先で『おーい、くそばばあ』って呼んだんだ。そしたらお母さんが『はーい』ってやってきた。友達は笑ってたよ。『ほんとに来た』ってね。でも僕はね、しまったって思ったんだ。まだその時は一年生だったけど、これはだめなやつだって思った。それからかな、絶対に二度とくそばばあって呼ばないって思った」