「これ、ずっと前から欲しかったの」と美咲が買ってきたのは、桔梗の花を模った青磁の小鉢で、半年前にデパートで目にしてから恋焦がれていたのだという。
「同じ酢の物でも、とっても映えるでしょ?」の言葉のとおり、食卓にちょこんと置かれた小鉢は控えめな彩りを発し、それを手にする美咲の仕草も華やいでいた。
そんな小さな悦びに対しても、相槌だけで終わってしまう健介を、さらりと受け流してくれるところもまた、美咲の美咲らしさで、共感の言葉がないといって不平不満につなげるわけでもなく、何事もなかったようにいてくれる。
だからこそ、今の家庭の平穏が保たれているのだと健介は思う。
「子供の成長」という目的のもと、子供たちが成人するまでは確実に……。
でも、その先は分からない。
まるで宇宙の果てを想像するみたいに、頭がこんがらがって、今の世界が虚像になってしまうから、健介はなるべく先の先については考えず、家と職場を往復している。
勤務先は総合病院の事務局会計課で、職場結婚した美咲とはここで知り合った。
美咲がいた席には、現在は派遣社員の大沢さんが座っているのであるが、ここに限らず、医局の受付事務や診療報酬関係等、派遣社員の占める割合は増加していて、目立たなくも目まぐるしい人事異動が繰り返されている。
健介もこのたび初めて、消耗品係の後任の面談を一任され、今日はその面談日。
契約更新をしたばかりの女性が、一身上の都合で10月一杯の退社となり、時期はずれの面談である。
急を要するものの異動時ほどの登録者がいないらしく、一昨日、派遣会社から「候補者はいるのですが、6ヶ月だけの契約を希望なのです」と連絡があった際、「会ってから決めよう」との課長の提案で、今日の3時に面談の運びとなった。
そして、面談に現れたのが梅ちゃんだった。
小柄な体にグレーのスーツが重たそうで、変な話、この人には麦わら帽子が似合いそうだなぁ……などと思ってしまった。それでも、彼女の立ち振る舞いは落ちついていて、
「短期契約をご希望ですが、契約の延長もありえるでしょうか?」の質問に対して、
「そう言っていただけると有り難いのですが、やはり6ヶ月の期間を希望いたします」
とよく通る声の歯切れ良い返事。この受け応えだけでもう合格点だと健介は思った。
「家業手伝い」のブランクがあるものの、事務経験とスキルはなんら申し分なかったし、ここは、人物重視の直感が大きく幅をきかせてくるものである。
面談を終え、彼女だけ退室してもらってから、健介は担当者に、
「引継ぎのこともありますので、来週の月曜日から来ていただけるでしょうか」