普段ならチャイムを合図に生徒達が三々五々散る。ところが今日は違う。丸山が前方のドアに、阿部が後方のドアに立ちはだかってクラスメイト達を閉じ込めてしまった。
真里亜が飴野に詰め寄る。
「照子のためにツルツルにしようって提案したんでしょ? 廃案になったからってツルツルにしないのは、おかしくね? 照子を思ってツルツルにしようとしたんだったら、一人でもツルツルになれよ」
長嶋も凹亭も奈美も、クラスメイト全員、ついには担任までも飴野に迫る。
飴野はジンをチラ見して助けを求める。
「ツールッツル! ツールッツル! ツールッツル!」
目の焦点が合っていないジンは率先してコールを行い、ドン、ドン、ドン、と足を踏み鳴らした。
コールと足音は大きなうねりとなって飴野を攻撃する。飴野は観念して膝から崩れ落ちた。
丸山と阿部が職員室から電動バリカンを持って来る。
かつて、岩戸中学は『スクールウォーズ』以上に荒れていたため学校機能を果たせないでいた。これはいけないと教師達は一念発起、学校を立て直すべく、まずは不良の髪を坊主にすることから始めようとした。ところが照子が入学した瞬間、学校は落ち着きを取り戻し、電動バリカンはお蔵入りとなった。岩戸中学では有名な逸話だ。
バリカンに貼られている『バーバー伊佐』というシールを撫でながら、奈美が微笑する。
「ウチ、学校指定床屋なんだよね」
数時間前、学校指定床屋の娘に対して「学校指定床屋にしてあげるよ」と偉そうにのたまってしまったことを思い出し、飴野は本日二度目の気絶をした。
電動バリカンのスイッチが入る。飴野はその音を聞いて意識を回復する。
バリカンには髪の長さを調節するアタッチメントは付けられておらず、このまま刈ればツルツルは必至。
「待って! せめてアタッチメントを……」
飴野の言葉が終わらない内に、真里亜が一太刀、チョンマゲを作るように額からつむじまで一本線を入れた。
クラスメイト達の歓声は、髪を失くした、いや、魂を失くしたように腑抜けた飴野の耳に入るはずもなかった。
教室の扉が開く。
クラスメイト達は扉の外を見て眩しそうにする。
照子が立っている。美しく艶やかな髪をかき上げながら。
彼女は登校中に泥棒を捕え、警察の聴取に応じていたために遅刻をしたらしい。
クラスメイト達は洗脳から覚め、冷ややかな視線を幹斗に向ける。