7月期優秀作品
『ワンフォーボーズ! ボーズフォーワン!』永佑輔
太陽――どうしてこの単語の正しい意味が辞書に載っていないのか。クラスメイトだけではなく全校生徒、全教職員、果ては周辺住民までもが不思議がっていた。彼女を表現する一番ふさわしい単語は太陽、あるいは太陽を表現する一番ふさわしい単語は彼女。須佐照子を知る者とって自明のこと。
底抜けに明るい笑顔、玉を転がすような声、透き通るような肌、しなやかな身のこなし、爽やかな香り、艶やかな黒髪。照子がいるだけで岩戸中学校はもとより周辺の雰囲気は、夏は涼しく冬は暖かくなるような気さえする。
照子が歩けば曇天だった空は晴れ渡り、しおれていた花は息を吹き返し、アメリカンピットブルテリアはチワワのようになるという冗談が存在するほどだ。最近ではPM2.5云々という冗談もあるとか。
一週間後に夏休みを控え、否が応でも浮足立つはずの朝、最初に気づいたのは校務員だった。いつも一番乗りで登校している照子の姿がどこをどう探しても見当たらない。
女子達は事故や事件を心配し、男子達は真の情報を求め、教室が騒めく。そんな中、照子とは二卵性双生児として血を分け合っている幹斗だけが、シレッと雑誌を読んでいる。
かねてから周囲は、弟が姉に嫉妬していると勘ぐっている。だからだろう、幹斗が照子に鉄仮面を被せて地下牢に幽閉したという噂が出回るまで、大した時間はかからなかった。
『映画秘宝』を読んでいる幹斗は、大抵のシネフィルと同様に剥き身の真剣のようにギラギラしている。それゆえ誰も真相を尋ねられないのだけれど。
昨日の午後、照子のクラスで席替えが行われた。古い人間ならフィンガー5、少し古い人間なら小泉今日子でお馴染み、『学園天国』の歌詞のように男女問わず彼女の隣席を狙っていた。
隣席をゲットしたのは、今までガリガリ君の当たり棒さえ見たことのなかった飴野一平だ。とはいうものの、運命の女神様よと斎戒沐浴までしてクジに臨んだ甲斐なく、前回、前々回、前々々回と同じ席を引いてしまっていた。
飴野の隣席を引いた生徒が、照子であった。
念願叶った飴野は人生のピークを迎えたと有頂天になり、狂喜乱舞しながら下校、注意散漫で轢かれそうになった。ドライバーの連絡を受けた家族からすこぶる叱られたが、飴野はどこ吹く風。
ぼりぼり、飴野は腕を掻きながら深夜三時に目を覚ます。
ぷーん、蚊が飛んでいる。
飴野はおすだけノーマットをプッシュし忘れてしまったと独りごち、アースジェットで蚊をやっつけ、バスロマンを入れた風呂に入り、シュミテクトで歯を磨き、モンダミンで口内を爽やかにし、『使いなさい ガンバッテ』という家族からのメモをチェック、姉の洗顔料で顔を洗い、母親の化粧水を塗り、父親のワックスで整髪し、さて登校すると、教室に入る寸前、照子に触れる可能性があると思ったのでミューズで手を洗い、ようやく入室したものの照子の方を見られないまま着席した頃には随分くたびれた。自身を奮い立たせ、いざ隣席を見ると、太陽のように輝いているはずの照子の姿がない。