「かつて高校野球の優勝チームが海外遠征に行きました。そのチームは入国審査で止められ、入国を果たせず、とんぼ返りさせられました。なぜか? 全員がツルツルだったからだよ! 海外では、とりわけ欧米ではスキンヘッドはネオナチを意味するの!」
ボルテージが上がり、真里亜はドンと演台を叩く。
「皆の中にもこの夏休み、海外旅行を計画している人がいるでしょ? そのとき入国拒否されたらどう? つまらない夏休みになるどころか差別主義者のレッテルを貼られちゃうよ? ツルツルかフサフサか? 差別主義者か博愛主義者か? もはや選択の余地はない!」
真偽を知る者はいなかったが、誰も知らないだけに説得力はあった。
飴野とジンが体育館に駆け付けたときには、クラスメイト全員が真里亜の信者と化して拍手喝采を送っていた。
「やめろ、やめるんだ! このやり方こそナチスの手口じゃないか!」
漫画版のアンネの日記を愛読している飴野は、家族をズタズタに引き裂いたナチスを心の底から憎んでいた。
「ダメだ! あんな奴に取り込まれるな! 目を覚ませ!」
飴野は烏合の衆に向かって叫び続けた。しかし拍手と喝采で自分の声さえ聞こえない。それでも叫び続けていると、長嶋に取り押さえられてしまった。
説得が徒労に終わり、飴野は自分の世界に閉じこもる。
「なるほど、これがCGってヤツか。それともプロジェクションマッピングってヤツか? 最近の技術は凄いなあ。そんなことより照子ちゃんと夏休みにああしてこうして、ついには……」
ジンは飴野の頬を張って正気を取り戻そうとするが、いやはや戻らない。
これは好機と、凹亭は児玉一郎を舞台に押しやる。
演台に立つや否や、児玉は大粒の涙を流す。
「ご存じのとおり、僕は寺の一人息子です」
ご存じも何も、児玉が寺の息子だということをここにいる誰も知らない。のみならず、クラスに児玉がいたことすら忘れていた。
「僕は父のため、檀家さんのため、檀家さんのご家族のために跡を継ぐことにしました。中学を出たら昭和の大スターのお墓がある寺に預けられます。そしたら九州の男子中学生のように強制ツルツルにされます。九州の中学生はヘルメットを被って登校しているのに、頭部を守るためにある髪を切るといった矛盾をどう説明するのでしょう?」
話がそれたことを真里亜にたしなめられ、児玉は軌道修正を図る。
「僕の髪には時間がないんです! どうか卒業まで長い髪の毛でいさせてください! ですから皆さん、ツルツル反対に清き一票を!」
児玉に後光が差す。奈美が照明を操っていることには誰も気づいていない。
「ナムナムオダブツ、ナンミョーハラショー、ギャーテーギャーテー、ハラヘリソワカ、シャカがシャカシャカ、ホーホケキョウ、アジャラカモクレン、テケレッツのパ!」
児玉が発した宗派不明というか宗教不明の呪文を聞いた途端、聴衆は虚空を見つめてフワフワした心持ちになった。
気だるい帰りのホームルーム、多数決を採るまでもなく飴野の敗北は決定的となっていた。