「間違ってるなら、間違ってるってハッキリ言ってくれよ。訂正するから」
「私ゃジュムゲと言ってしまうような人間。自分のミスを棚に上げてまで、よそ様の間違いを指摘するなんて図々しいことできやしません。しかし弱い者イジメだけはダメ。私ゃ虐待のニュースを見る度に胸が痛くてね」
「虐待を許せる奴なんていないよ」
「だったら、どうして鶏にあんな仕打ちを?」
「あれは捏造だ」
「動画を切り貼りして嘘をつくのはメディアの悪い癖。それだけじゃありません。伝えたくないものは伝えず、無かったことにだってできるんです。平成生まれなら身に着けてなけりゃいけないリテラシー。そのリテラシーをどこかに置き忘れたお前さんが悪いんです」
飴野は言葉が続かず、貴重な一票を逃した。
奈美は飴野に嫌悪感を抱き、一も二もなくツルツル反対に寝返った挙句、真里亜の髪型を褒め、丸山の髪質を褒め、阿部の髪の香りを褒め、媚びを売る始末。
飴野は説得を試みようとするが、思春期女子特有の自分達以外はすべて風景といったバリアを張られ、近づくことすらできない。
トイレの個室に駆け込む飴野。クレベリンを見つめながら逡巡する。
放送開始から四十分経過した時代劇の主人公ならば、ああだこうだ考えを巡らし、事象と事象を結び付け、打開策を見つけるだろう。事実、昨晩の時代劇もそうだった。
しかし、ほんの一秒前まで照子と過ごす夏休みを夢想していた飴野に、打開策など見つけられるはずもない。小便、ではなく嘆息を漏らしながらトイレを出ると、ジンが呆然と立ち尽くしている。彼の視線を追うと、廊下の壁一面に『ツルツル反対』のポスターが貼られまくっている。避難器具にも、消火器にも、校長の背中にまで貼られている。ポスタージャックを目の当たりにした飴野は、したたる残尿に気づくことができなかった。
スマホが鳴る。クラスのグループLINEに、YouTubeとニコ生のURLが貼られている。飴野は怪訝そうに動画を見る。
体育館が映っている。舞台の演台に立っているのは真里亜だ。舞台の下はクラスメイト達で埋め尽くされ、賑々しい。
真里亜は原稿をめくったり腕を組んだり、咳払いをしたり前髪を触ったり、もったいぶって話さない。
聴衆はいったい何が起きたのだろうと、静まり返って真里亜を注視する。
舞台ソデから聴衆の動向を伺っていた凹亭が、真里亜に向かってうなずく。
ようやく真里亜は口を開く。