「帰りのホームルームに決を採るよ。過半数超えたら男女問わず全員ツルツルね。いいね? 本当にツルツルでいいのね? 私は嫌だけど!」
クラスメイトらは曖昧にうなずいた。
朝のホームルーム終了を告げるチャイムが鳴った瞬間、飴野と真里亜は支持者獲得に動き出す。勝負は授業と授業の合間の10分休みと、昼休みだ。
取り巻きの丸山と阿部の発案で、真里亜は空中戦に打って出た。ネットや校内放送を利用するのはもちろん、パソコンで作成したスタイリッシュなビラを教室や図書室や体育館、果てはトイレで配り始めた。
飴野はジンの勧めでドブ板戦を行うことにした。自宅の向かいに選挙事務所があるため、ジンはドブ板戦に詳しい。選挙事務所の主は一度たりとも当選したことはないけれど。
ミカン箱の上で演説を終えた飴野がクラスメイト一人一人と握手をしていると、うっかり真里亜の手を握ってしまう。バツが悪そうな表情を浮かべる飴野に対して、真里亜は涼しそうな顔で丸山と阿部に顎で指図した。
丸山が飴野にビラを渡す。
ビラには飴野を中傷する汚い言葉が並んでいる。
飴野はビラをクシャクシャに丸め、窓外に放り投げる。
ビラは校庭に置かれたゴミ箱に入る。
校長の方針で放し飼いにされている鶏がビラの音に驚き、羽をバタつかせる。
その様子を阿部が撮影し続けていた。
空気を切り裂く音を立て、汗を飛ばし、母から貰ったおそとでノーマットを吊り下げ、休み時間の度にバットを振っている。強豪高校に入りたい、その前に野球が上手くなりたい、その前に部員を九人揃えたい。それもこれも高校時代、女という理由で野球部に入れなかった母を甲子園に連れて行くため。
一人だけの野球部員は雨の日も雪の日も熱中症患者が200名以上出た日も、耳目を集めて部員を募るためにバットを振った。
耳目を集めたのは彼の名前だった。名前負けの頂点に立っているその名は、長嶋貞治。
生徒達は名前を聞く度に笑った。
笑わないのは飴野だけだった。懸命に練習をしている姿に胸を打たれた上、野球に興味がなく、野球の神の名もナボナも知らないからだ。それが功を奏す。ツルツルに一票投じるよう働きかけたら二つ返事、長嶋は了承した。それもそのはず、彼はすでにツルツルなので髪の毛に関心がない。
ツルツルにしなければ野球部には入れない、という理由で部員が集まらないことは岩戸中学の生徒なら誰でも知っている。ツルツル案が可決したあかつきにはそのことを指摘してやろう、と飴野はジンにつぶやいた。