「バージンロード、っていうんですか。娘と歩いたんですけど。あれは本当に緊張しますね」
「教会で結婚式ですか、いいなぁ。憧れるなぁ」
「あんたはまず相手を探さなきゃでしょ」
「お姉ちゃんだって」
「その時の話を二人で飲んでる時に福根くんにしたんですよ。そしたら福根くん、『うちは当分その緊張は味わえなさそうだな』って。ちょっと寂しそうに笑ってました」
「え……」
意外だった。
私たち姉妹の結婚に関して今まで何も口出ししてこなかった父が、そんなことを思っていたなんて。
「父がそんなことを?まさかぁ」
「嘘じゃないですよ。まあ、都会は結婚が遅いから仕方ないとは言ってましたけどね。他にもお二人の話はよくされてました。上の娘が初めて舞台で主役をやることになったのに、妻には連絡して俺には報告を寄こさないとか。下の娘が自分と似たような仕事に就いたから、今度自分が世話になった人たちを呼んで飲み会を開いてやろうか、なんて」
「……」
「……」
姉妹揃って同時に顔を見合わせる。だってそんなのは、私たちが知っている『福根歩』ではない。私たちの父は、仕事優先で家族のことなんか興味がない、そんな人間だったはずなのに。
「友人の目から見た福根くんは、本当に家族のことを大切にしている男でしたよ。素直じゃないから、伝わりにくいところはあったかもしれませんが」
「はい、全然伝わってないです」
「ちょっと、ひより」
「だって」
「いいから。私たちはそろそろお暇しよう」
気がつけば高橋さんに『少しだけ』と引き留められて、思った以上に時間が経ってしまっていた。これ以上ここに留まるのは、さすがに申し訳ない。
「今日はお邪魔してしまって、すみませんでした。本当にありがとうございま……」
机の上に置きっぱなしにしてあった名刺ファイルを紙袋に仕舞おうとした時、一枚の紙がはらりと中から飛び出してきた。床に落ちた名刺にしてはちょっと小さなそれを、慌てて拾い上げる。
「え……」
思考が止まり、その場から動けなくなる。
――どうしてこれがここにあるのだろう。それは私が初めて主役をやらせてもらった舞台の、チケットの半券だった。