7月期優秀作品
『一枚の半券』小林央
改札を抜けるとそこには、想像していたよりも少しもの寂しい景色が広がっていた。
「お姉ちゃん、早く!」
良く通る澄んだ声で、妹のひよりが私を呼ぶ。改札に掲げられた『愛子駅』の看板をスマホに納めると、彼女の頬に私と同じ小さなえくぼが出来た。
「この写真、お母さんに送ってあげよう」
「そうしてあげて」
「お母さんも来られれば良かったのに」
「仕方ないよ。電車で一時間以上かかるし。今はゆっくり体を休めた方がいい」
「だよね」
くるりと改札に背中を向けたひよりが、車通りの少ないバスロータリーをぐるりと見渡す。
「なんか思ったより閑散としてるね。駅前なのに」
「平日の日中なんて、こんなもんなんじゃない?」
「あ。あのおにぎり屋さん、前にお父さんが美味しいって言ってた店かも」
「そうなの?」
「……毎日、この景色を見てたんだね。お父さん」
「……そうだね」
「あ、もうこんな時間!急がないと約束の時間に遅れちゃう」
スマホを頼りに歩き出す背中を追って、私もこの街に一歩足を踏み入れる。静かで落ち着いていてごく平凡的なその田舎町の風景が、同じく平凡な父にはよく似合っていたように思えた。
父が亡くなったのは、ほんの五日前のことだ。ガンだった。まだ六十歳という、平均寿命が伸びた昨今ではこれから第二の人生が始まるという時に死んでしまった。まだ存命である父方の祖母が、『年金払うだけ払って逝っちまうなんて、まるで父親そっくりだ』と悔しそうに呟いた言葉が、やけに頭にこびりついている。
せめてもの救いは、自宅で家族と近所に住む実の妹に見守られながら息を引き取ったことだろうか。たった一人、私だけはその最後の場に居合わせることが出来なかったけれど。
「会社に置いたままのお父さんの荷物、やっぱり郵送してもらえば良かったかな?」
住宅街に囲まれた通りを歩きながら、少し前を行くひよりに声をかける。きょろきょろと辺りを見回しながら軽やかに歩く様子は、どこか遠足に来た小さな子供のようだ。
「お姉ちゃん、気にならないの?お父さんがどんなところで働いてたのか」
「気にならない訳じゃないけど、仕事の迷惑じゃないかなって」
「大丈夫だよ。高橋さんだって『是非一度見に来て下さい』って言ってくれたし」
「でもそれって、社交辞令でしょ?」