「ほんと、お姉ちゃんは心配症だなぁ」
「あんたが気にしなさすぎなの」
「だって、他社の開発環境って興味あったんだよね。なかなか見られるものじゃないし」
「そりゃあ、開発やってるアンタは仕事の参考になるかもしれないけど」
「お姉ちゃんも、今後の役作りの参考になるかもじゃん」
「……くるかな、そんな役」
私の職業は一応、役者だ。大学進学を機に東京で一人暮らしを始めて十二年。就職せずに芝居の道を選んで八年。小さな劇団に所属しながら、いつか一公演に何百人も収容するような大きい舞台に立てる日を夢見て日々稽古に励んでいるけれど、まだその夢は叶いそうにない。
「舞台の方は大丈夫なの?」
「あの日が千秋楽だったから。しばらくは稽古もお休み」
「それならお父さん、ぴゅーっと空を飛んでお姉ちゃんの舞台見に行ってたかもね」
「まさか。くる訳ないよ」
千秋楽の本番直前、普段ほとんど連絡を寄こさないひよりから珍しく電話がきた。受話器越しに響く彼女の声はすでに涙で滲んでいて、その瞬間『ああ、遂にこの日が来たか』と悟った。
本番中のことは、正直あまりよく覚えていない。何とか最後まで役を演じ切ったらしい私は、カーテンコールを終えたその足で福島行の新幹線に飛び乗った。
東京駅から福島駅までの約二時間。この先に何が待っているのか。答えはもう分かっているはずなのに、心のどこかではまだ父は生きているような気がしていた。玄関を開ければ、いつものように素っ気ない態度で『帰ったのか』と声をかけてくれると。
けれど、現実にはそんな物語のような奇跡が起こるはずもなく。ようやく実家に到着した私を待っていたのは、まだほんの少し温もりの残った父の亡骸だった。
「小学生の時さ、買ってもらったヘビのおもちゃをね。お父さんの膝の上に乗せたんだよ」
道路脇に広がった畑を見つめ、ひよりがどこか懐かしそうに目を細める。
「ああ、そんなの持ってたね」
「そしたら、もう大激怒。初めてあんな大きい声聞いた」
「そういうクネクネする系の生き物、嫌いだったじゃん」
「ビックリしちゃった私も号泣。懐かしい」
「私は一度も怒られたことなかったな」
「お姉ちゃんは特別大切にされてたから」
「そんなことないと思うけど」
「何考えてるか分からない人だったけどさ。お姉ちゃんのことは特別だったと思うよ。初めての子供で。しかも女の子で」
「……そうかな」
「大事すぎて扱い方が分からなかったんだよ、多分。なんかそういう女の子の扱い?とか苦手そうじゃん。絶対、恋愛経験少なかったと思うよ。よく知らないけど」