「ああ、そういえば、お姉さんの初めて主役をやった舞台も見に行かれてたんですよね」
「え、父がですか!?」
「あれ?ご存じなかったですか?」
「はい、私は全然……。母もそんなことは一言も」
「本当に素直じゃないんだから。きっと恥ずかしかったんでしょうね。普段ほとんど使わない有給を消化して、東京まで足を運んでましたよ」
所属している劇団で主役を務めたのが、その舞台が初めてだった。もちろん嬉しくはあったけど、何せ小さな劇場での短い公演期間だったので、父には黙っていて欲しいと母にも言ってあったのに。
それにしても土日まで仕事漬けの生活を送っていたあの父が、私の舞台のために有給まで申請してわざわざ東京に来るなんて。私の中にある父の姿からはあまりにもかけ離れていて、うまく自分の中で消化することが出来ない。けれど、それが本当の父の姿なんだとしたら、私は。
それから――。私たちは高橋さんにお礼を伝え、駅までの道を縦に並んで歩いていた。お互いに手にした大きな紙袋が、静かな田舎道にガサガサゴトゴトとBGMを付けてくれる。
「……」
私の手の中にあるのは、あの一枚の半券。
父が私の初主演の舞台を見にきてくれていた。自分になんて興味がないと思っていた父は、ちゃんと家族を、私のことを見てくれていた。感心を持ってくれていた。恐らくはきっと――愛してくれていた。
それなのに、私はどうして。父が自分を愛していないなどと決めつけて。どうして、父のことをもっと知ろうと思わなかったのだろう。
「……仕方ないよ。だってうちのお父さん、全然素直じゃないから」
前を歩くひよりが、風の音にすら掻き消されそうな声でポツリと漏らす。
「分かんないよね、そんなの。ちゃんと言ってくれなきゃ……」
少し震えたか細い声に交じって、スンと鼻をすする音が聞こえた。
「ほんとだよね……。ちゃんと言ってくれなきゃ分からないよね」
ずるい。私をこんなにも後悔させたまま、謝る機会すらくれないなんて。今さら気付いたところで、私は何も返すことが出来ないのに。
お父さん、ちゃんと顔を見て伝えることは出来なかったけれど。きっと私も、お父さんのことが好きだったよ。こんな親不孝な娘を、気にかけてくれて、愛してくれて、この世に産んでくれて、本当にありがとう。
手の中の半券を、包みこむようにそっと握りしめる。その手の上にぽたりと一粒、涙がこぼれ落ちた。