「さあ、さっさと荷物まとめちゃおう」
「……」
「どうしたの、ひより?ぼーっと窓の外なんか見て」
「……お父さん、何考えてたのかな。毎日ここに座って」
「そりゃあ、仕事のことでしょ」
当たり前のことを特別なことのように問う妹は放っておいて、机の棚を下から順に開けていく。仕事関係の資料が詰まったファイル。機械工学に関する専門書。机から出てくるものは、私には全く意味が分からないものばかりだ。
「ねえ」
ひよりの声に顔を上げると、その手に一枚の写真が握られていた。
「これ、一度だけ家族で行った旅行の写真だよね?」
ひよりが見せてくれたそれは、確かに十数年前の夏休みにたった一度だけ、家族で松島沖に浮かぶとある離島に泊まりがけで旅行した時のものだった。
「懐かしいー。お父さんもお母さんも若っ!ていうか、お姉ちゃん変わってなさすぎなんだけど。ウケる」
「あんたは痩せて良かったわね」
「確かにこの時の私、超デブだね。このムチムチ感ヤバい」
「こんな写真、どこにあったの?」
「机の横のボードに貼ってあったよ。仕事のメモとか資料で埋もれてたけど」
「へぇ……」
「お父さん、こんなの大事に持ってたんだね。そういうキャラじゃないのに」
父は家族サービスという言葉とは、縁が薄い人間だった。私たちが小さい頃は今とは別の会社に勤めていて、休日もよく仕事に出ていたから家で父の姿を見ることが本当に少なかった。必然的に家族で出かける機会もほとんどなく、幼い頃の思い出の中に父の姿は希薄だ。それから当時仕事でお世話になっていた高橋さんが独立して立ち上げた今の会社に転職したものの、父の生活リズムはほとんど変わらず。たまの休日に家で姿を見かける時は、二階の自室で一人パソコンに向かって持ち帰った仕事をしていた。
今にして思えば、父は仕事が好きな人間だったんだと納得出来る。ただ幼い頃は友達から家族で出かけた話を聞く度に、どうしてうちは他の家とは違うんだろう、どうしてお父さんは私を構ってくれないんだろう、とどこか寂しい気持ちに胸を締め付けられていたのを覚えている。
なんとか父に構って欲しくて、わざと分からないフリをして算数の宿題を教えてもらっていた時期もあった。しかし、それでも変わらない父の態度にいつしか諦めの気持ちが生まれ、年齢を重ねる毎に何となく父と距離を取るようになっていった。
ふいに頭をよぎった懐かしい記憶に自嘲気味な笑みをこぼしつつ、手に取ったファイルをパラパラとめくる。そこには知らない会社の知らない人たちの名刺が、一枚一枚几帳面にファイリングされていた。