大した活躍は期待できそうにないが、ともあれ蒔名の出番に滑り込めてよかった。私はもどかしさから手のひらのペットボトルを強く握った。まったく現金なものだ。しっかり遅刻したくせに、交代のホイッスルを焦れながら待っている自分に内心苦笑する。
審判の笛とともにプレーが止まり、ようやく息子が白線をまたいだ。
チームメイトから蒔名にパスが通ったのはプレー再開とほぼ同時だった。
ボールを足元に収めた蒔名が、振り向きざまに相手をひとりかわした。フェイントを交えてもうひとり抜き去り、左サイドを縫うように駆け上がる。意気消沈だった味方ベンチに歓声が上がった。
「ふうん、なかなかうまいんだ……」
相手チームが試合を流し始めているとはいえ――予想外の勇姿に思わず身を乗り出しかけたが、同時に脳裏をよぎったのは強烈な違和だった。いつもの蒔名と何かが違う。そもそも彼のプレーを見るのなんていつ以来かわからないというのに、その異物感は確かな実体を伴って私の意識を揺さぶった。
「マキちゃん!」
息子の名が呼ばれ、思考が一時中断する。声の方向に視線を移すと、敵陣深くでフリーの男の子が片手を上げていた。対角線のクロスを上げるべく蒔名がドリブルを止めたその瞬間、ディフェンダーのチャージを受けて派手に倒れ込んだ。間の抜けたホイッスルが響きファウルが宣告される。フリーキックだ。
「あらまあ」
私は浮かせかけた腰を戻した。せっかくいいところまで切り込んだのに、詰めが甘いところも夫にそっくりだ。駆け寄ってきたチームメイトは蒔名を起こしてやるばかりでなく、ユニフォームをはたいて土まで落としてくれていた。ずいぶん牧歌的なチームだこと、とつい笑みがこぼれる。
その直後――足首を冷やりとした感覚が伝い、床に倒れたPETが視界に入る。そこでようやく自分が前のめりになっていたことに気づいた。
(――まじか)
私の手は観客席最前の手すりをつかんでいた。立ち上がった蒔名が足元のボールを拾い上げ、半回転させフィールドに置いたのだ。ひと回り大きなチームメイトたちがゴール前に散る。大きく息を吐いた息子は、無表情のまますたすたと数歩下がった。思わずサングラスを外し目を瞬く。
(あいつ、自分で蹴る気かよ……)
ホイッスルが鳴った。私の動揺を置き去りに蒔名が走りだす。迷いなく振り抜かれた左足。逆をつかれたキーパーが慌てて跳躍した。
「おっ」
隣席の男性が立ち上がって拳を握った。ようやく違和感の正体に気づいた私は、ボールの行方を追う蒔名をただ見つめていた。視界の端では、見事なドライブがかかったボールがゴールマウスに迫っていく。
「練習したの? あれ」