(最後に蒔名がボール蹴ってるとこ見たのはいつだっけ)
灰色の天井に視線をやってみるが、それが無駄な行為であることはわかりきっていた。少なくとも半年はサッカー教室の送り迎えを夫に任せっぱなしなのだ。今日はどうもペースが狂う、思い出せないことが多すぎる。エスカレーターが途切れ、私たちは地上に出た。
「あ、」
夜空にビニ傘を開きかけたみーちゃんが呟いた。雨はもう上がっていて、ぬるい夏風がビルの間を吹き抜けていた。
何が「うまく進めば正午前にはバラせる」だ。区営グラウンドの階段を駆け上りつつみーちゃんへの呪詛が止まらない。汗で額のサングラスがずり落ちそうになる。
押しに押したロケハンが13時前に終わり、私はタクシーを拾ってグラウンドまで直行。AコートからCコートまで回ってみるが息子のチームは見当たらず、4つ目のDコートで黄色のユニフォーム集団を発見したときには下着まで汗まみれになっていた。
(コートが4つもあるなら言っといてくれればいいのに……!)
私は観客席に腰を下ろすとミネラルウォーターのPETを一気に煽る。前日までの雨雲はかけらも見当たらず、プラスチックの椅子から伝わる熱気が尻を焼いた。
「あのすみません、第2試合って残り時間どれくらいですか?」
「あと10分くらいですかね。ほら」
父兄と思しき隣席の男性に尋ねると、フィールド上の時計を指さして教えてくれた。私は礼もそこそこにグラウンドに向き直り目を凝らす。時計の隣ではめくり式のスコアボードが「7-1」と惨憺たる途中経過を示していた。
しかし、どれだけ見渡してもフィールドに息子の姿はなかった。よもやしばらく見ないうちに顔も忘れてしまったのだろうか――そんな馬鹿な――と逡巡したとき、
「ひょっとして、川村さん……蒔名くんのお母さんですか?」
隣席の男性が声をかけてきた。私も彼を見つめ返し曖昧に頷く。そういえば以前、教室の送り迎えのとき何回か挨拶を交わしたような気もする。
「ほら、蒔名くんあそこにいますよ」
彼の指の先には、ベンチでビブスを脱ごうとしている息子の姿が確かにあった。なんのことはない、スターティングメンバーから外れていただけである。
「すみません、ありがとうございます」
安堵と羞恥で私の声は消え入りそうだった。降り注ぐ日差しと後ろめたさから逃れるため、額のサングラスを下ろしてフィールドに視覚を集中させる。コーチが蒔名の肩を叩いて何か告げていた。ちょうどこれから試合に投入されるらしい。
(お情け出場かあ)
スコアは蒔名チームの6点ビハインド、残り10分。もはや勝負は決まっている。この状況での途中出場ということは、息子の実力も推して知るべしといったところだろう。
夫いわく、体格に差がある少年サッカーではことさらフィジカルが物をいうらしい。蒔名は父親に似て小柄だ。おなかの中にいたときからそうだったし、同年代の22人がひしめくフィールドではよけいに小さく頼りなく見える。