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『ペトリコール』結城紫雄


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 不思議だよな、と郷田さんは指を鼻先に近づけて呟いた。彼の手のひらは頭皮の脂で鈍く光っている。
「へえ、そういうものですか」
 我ながら間抜けな相槌だとは思ったが、それ以外の返事が思いつかなかった。連絡帳の確認さえ忙しさにかまけて3ヵ月も放置していたのだ。髪の匂いなど思い出せるはずがなかった。
「私、ぼちぼちみーちゃんと打ち合わせなんで――」
 荷物をまとめかけたとき、ことりとデスクの右側にホットコーヒーのマグが置かれた。今朝の謝罪なのか、ぺろりと子猫のような舌を出し片手を頭に当てるみーちゃん。なんとも間の悪い部下だ、と私は本日2回目の溜息を吐く。

「さっきの打ち合わせで思ったんですけどぉ」
 打ち合わせ帰り、駅のエスカレーターでみーちゃんが口を開いた。
「なによ」
 私はむっとして応えた。これから会社に戻り、午前中みーちゃんの尻拭いで後回しにした業務に取りかからなければならない。
「愛さん、カメラマンって言うのやめたほうがいいですよ。特に三木谷さん、そう呼ばれるの好きじゃないから」
「カメラマンはカメラマンでしょうが。なんて言えばいいのよ?」
「三木谷さんはフォトグラファーって呼ばないとすねます。こだわりです、三木谷さんの」
 社内では月イチでどでかいミスをやらかしてくれるみーちゃんだが、変なところで気が回る。元来の小動物的かわいさもあり、クライアントや外部スタッフ受けはめっぽうよかった。
「そういうもんかね」
 納得できない気もしたが、打ち合わせ資料を取り出し一応メモしておく。「三木谷さん フォトグラファーと呼ぶこと」。書き終えたとき、バッグでスマホが振動した。
『そういや明日のサッカー教室、お迎えはお願いできるんだよね?』
 夫からのLINEだ。失念していた、と私は顔をしかめる。毎週土曜に息子が通っているサッカー教室、明日は区営グラウンドで試合が行なわれる日。夫は打ち合わせで家を空けると言っていたはずだ。
「みーちゃん、土曜日……明日のロケハンってお尻何時だっけ?」
「大井で10時から2時間ですね。うまく進めば正午前にはバラせると思います」
 スケジュールアプリを開いたみーちゃんが即答し、小首を傾げてみせた。
「愛さん何か後ろ予定あるんですか? めずらしー」
「ちょとね」
 ごまかすように笑ってスマホをバッグに戻す。郷田さんがかなり融通してくれているものの、出版業界のスケジュールには基本的に平日も土日もない。蒔名がサッカーを習いたい、と言ってきたとき快諾したのも「土曜日も面倒見てくれる人がいてラッキー」という気持ちが心の隅にあったからだ。

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