どれも湯気が立ち、美味そうだ。
そして、ご飯、味噌汁、卵焼き、くるみの佃煮と幸江が「おきまり」として出していたメニューと全く同じであった。
特に「くるみの佃煮」が朝食に出るのは我が家だけのようで、小学生の頃、同級生にそれを笑われ、朝食では当たり前と教えた幸江に抗議したが、以後も食卓に並び続けた。その結果、ついに浩一にとっては市販のものながら母の味の一つになっていた。
味噌汁を啜った章太郎が呟いた。
「うちの味噌汁は美味いよな」
これも毎朝のことであった。そして、次に起きることも浩一は知っている。
「どっこいしょ。いただきます」
箸を持ちながら掛け声を出して座る幸江。
見た目こそは違うものも浩一が知っている母親の言動そのものであった。
本当に母親かもしれないと思いながら、卵焼きを食べると母の味が口中に広がった。
確証でしかないように思えた。
朝食を終え、茶をすすりながら卓を三人で囲む。
章太郎が会話の口火を切った。
「昨日の続きだけどな」
だが、浩一がそれを制した。
「もう良いよ。母さんなんだろ。それで良いよ。わけ分かんねえし」
「そんな言い方ないだろ。これ見ろ」
古ぼけた一葉の写真が浩一の目の前に置かれた。
写真館で撮られたようなその写真には正装をした一組の男女が写っている。
「俺が三十の時、母さんが二十一の時だ」
確かに若々しい章太郎が写っている。割と男前だ。次に隣の幸江に目をやる。そして、目の前に座る幸江と見比べた。
幸江がその写真と似たポーズをとった。
同じであった。写真と目の前の人物は化粧の感じや写真の日焼け具合の違いを加味しても同一人物にしか思えなかった。
浩一は固まってしまった。
本当にわけが分からなくなっていた。
「お父さん。私から話します」
幸江が姿勢を正し、動くことができずにいる浩一の方を向いた。
「驚かせてごめんね。母さん、どうしても心配で、あの世で色々お願いして、こうなったの。でも、時間が限られていて、もう京都に帰らなくちゃいけないの」
「帰りはのぞみな」
章太郎が一枚のチケットを卓に出した。
「お父さんはちょっと黙っておいて」
幸江が章太郎の方を向かずにいうと面目なさそうにチケットをしまった。
「浩一のことが本当に心配だったの。貯金だって限りがあるし、お父さんだっていつかいなくなる。まあ、予想外に私が先だったけど」
幸江は笑った。
それに合わせて章太郎も笑った。
「何が可笑しいんだよ」
浩一が静かに呟いた。
「ごめん。だから、浩一にはちゃんと働いて、巡り合わせがあったら新しい家族を築いて欲しいの。ワガママを言いに帰って来たみたいだけど、今まで言えなかったから」