「急に信じろってのは難しいよな。それで、帰ってくるのが遅くなったのはよ、その井戸ってのが普段非公開だったんだよ。忍び込むって手もあるけどよ、そんなことやって、飛び込んだ先で早々に閻魔さんに会ったら面倒だろ?やっと一昨日、中に入れて、井戸に飛び込んで、お母さんを連れて来たわけだ」
浩一は苦笑いしか出なかった。
「分かった。訊きたいことは山ほどある。でも今日はもうこんな時間だ。明日、ゆっくり話そう。一旦、冷静にならせてくれ」
「嬉しくないのか?」
「俺はまだついていけてないから」
「そうか。俺も移動で疲れたし」
からかうように浩一は返した。
「移動?あの世から、パッとここに来られなかったのかよ。ワープみたいに」
「ひかりだよ。ひかり」
「光速移動なんてさすがあの世」
「新幹線だよ。自由席だけどな」
章太郎は立ち上がり、台所の幸江に声をかけた。
「母さん、もうこんな時間だから、また明日にしよう。先に寝るから」
「はーい。良いの?」
「良いよ」
浩一へと章太郎は顔を向けた。
「明日、仕事は?」
浩一は返事に詰まった。
それで章太郎は浩一の状況を察した。
「この三ヶ月どうしてた?」
「相変わらず」
章太郎の口調が少しだけきつくなった。
「何か見つけなかったのか?」
浩一は言い訳を探して俯き、そのまま返事をした。
「母さんがいなくなって、父さんまで行方不明になってそれどころじゃなかった」
「三ヶ月だぞ。いずれ俺も本当にいなくなる。今回が予行練習だと思ってしっかりやってるもんだと思ってた。父さんは心配だよ」
俯いたまま浩一は静かに返答した。
「勝手に消えておいて、何が心配だよ」
「そうだけどな」
章太郎は喉を一度鳴らして続けた。
「浩一に人生があるように俺にも人生がある。七十過ぎだぜ?もう好きにやらせてくれ。死んだと思っていた母さんとまた会えたんだ。多分、今が俺の最後の大きなイベントだ。迷惑をかけたかもしれないけど、間違ってないと思う。だから、浩一も自分なりの何かを自分の手で見つけて欲しいんだよ」
浩一は自分の足の指先に目をやっている。
「分かってる」
章太郎も浩一のことを見なかった。
「父さんも悪かったよ。ごめんな」
そう言って章太郎は寝室に向かった。階段を登る足音の音量と間隔はまさに章太郎のものであった。
幸江は黙々と洗い物をしている。
それはそうだろう。この三ヶ月の間、浩一は片付けることもせず、溜まる一方だった。
浩一は立ち上がり、幸江の方へと向かった。
「すみません」
水道を止め幸江が振り返る。