シンク下の収納は空っぽでフライパンも包丁もなかったのに、大叔母さんが購入したらしいややモダンな食器棚にはたくさんの食器が残されていた。お箸や竹串の類はなかったので、腐敗を気にしなくていい陶器やガラスだけを置いていたようだ。
奇麗にすれば立派に使える。今日までずっと大通りにあるコンビニまで車で出てお弁当を買っていたのだ。味的にも経済的にもそろそろ自炊をしたい。消毒液を張ったシンクの中にぽいぽいそれらを投げ入れていると、奥の方にノートがあるのを見つけた。
一目で年季を感じさせる、あちこちに染みのついた、埃を吸った紙の質感。
「お兄ちゃん、これ見て。なんか出てきた」
私は振り返り、籐の椅子に座って紙コップで目覚めのコーヒーを飲んでいるお兄ちゃんにノートを押し付けた。庭に向いて座っていたので、お兄ちゃんも首だけこちらに振り返る。
「なんだこれ」
ぱらりと一ページ捲ったお兄ちゃんは、そのまましばらく無言だった。私はだんだんじれったくなった。
「食器棚にあったってことは、レシピノート?」
「いや、違う」
それよりすごいぞ、とお兄ちゃんが私にも見えるようノートの向きを変えた。最初に開いたままのページ。そこにはたった一行だけ。
『この家に住む、あなたへ』
「大叔母さんの字?」
「古さから言ってそうだろうな。この家の取り扱い説明書らしい」
私たちは頭を並べてノートの続きを読み進めた。
この家の大雑把な歴史。大叔母さんが亡くなるまでの家系図。この地域でのお盆の習慣。建ててから今までにお世話になっている建材屋さんや業者さん。畳を替えたい時には新築時から頼んでいる畳屋さんにお願いすればオマケして貰えるとかのプチ情報。大叔母さん自身が日曜大工でリフォームした場所。効果的な防虫剤の置き場所。裏山はどこまでがうちの敷地で、いつどのあたりに行けば筍が採れるか。
「やっぱり元々の間取りから、変えてるところがあるんだな」
間取り図のページを見ながらお兄ちゃんが言った。身長に合わせてキッチンを造作して貰ったことや、奥の押入れを反対側のとくっつけてしまったことが、癖の強い字で書いてあった。