6月期優秀作品
『麻子さんのつづき』あねのほるん
「うわ、何コレ。ボロボロじゃん」
目にした最初の感想はそれで、私はいくらタダとはいえ、と後悔した。
「ここ、住んで大丈夫?」
やっぱり断ろうとか、せめて今晩だけでも大通りのホテルに泊まろうとか、そういう展開をやや期待して、隣に立つお兄ちゃんに問いかけた。しかしお兄ちゃんの目は妹のどんより顔なんか一切映さず、むしろ正面の建物に奪われてキラキラ輝いていた。
「大丈夫だよ、燈子。大丈夫」
「何がどう、大丈夫なの」
「むしろ何が心配なんだ? こんなに良い家じゃないか」
お兄ちゃんの能天気な声に、私は少しくらっとした。
そりゃあ私だって、別に倒壊するとまでの心配はしていない。けれど褪せ過ぎて元の色が判らない外壁とか、割れた雨樋に張られた大きな蜘蛛の巣とか、庭一面に蔓延った雑草たちとか、とにかく放置期間の長さを感じさせるあれこれに、今後の掃除や修繕の量、それに掛かる体力と時間を想像して、それだけで吐き気を感じた。
「こんなにボロいなんて聞いてない。きっと中は虫だらけだよ」
「そりゃあ、こんなに山が近けりゃあ虫も居るだろ」
「それ全部掃除して追い出して、安心してお布団敷いて眠れるまでどんだけ掛かると思う?」
車に積んできたお布団は新しくセットで購入したものなので折紙付きで奇麗だ。でもそれを敷く畳は、その中は、その下は。
「住める状態になるまで、ううん、せめて今晩だけホテル泊まって、しっかりお掃除してから入居にしない?」
汲んでもらえなかった願望をストレートに口にすると、お兄ちゃんはやっとこちらを向いて私の顔を覗き込んだ。ね、と目で再度訴える私に、やんわりと首を振る。
「燈子はじいちゃんに似て潔癖だよな。それじゃあいつになってもここに住めないよ。問題を先送りにするのは、燈子の悪い癖だ」
「先送ってなんかない。お兄ちゃんが大雑把なの。自分好みの古屋が手に入って浮かれてて、早く住みたいだけでしょう」
じとりと睨むと、お兄ちゃんは「うん、まあ、ちょっと」と笑った。
「まあ、俺も掃除手伝うから。頑張ろうぜ。もうここしか家がないんだし」