家に帰る足取りが重い。
できることなら、時間が進まなければいいのに。ずっと学校の授業を受け続けるのも嫌だけど家に帰るより良い。でも、僕の願いは届かず、あっという間に学校が終わり、家に帰り着いてしまった。
そうっと気づかれないように玄関のドアを開けて中に入る。母さんが出てくる様子はない。
足音を立てないように僕の部屋に行こうとしたとき、ぎぃと廊下が軋む。やばいと思う暇もなく、母さんに見つかってしまった。
「あら? コウスケ。おかえり。帰ってたのね」
「……ただいま」
「どうしたの? ほら、早く手を洗ってらっしゃい。おやつにプリン用意してあるわよ」
どうやら気づいていないみたいだ。だったら、このまま黙っていよう、と心の中の悪魔が助言する。黙っていたらバレないんだから。わざわざ怒られるようなことを言う必要もない。
悪魔の助言を聞き入れて黙っておくことに――て、だめだ。前も同じように黙っていたら母さんに、こっぴどく怒られたんだった。あの時は、一週間おやつ抜きという罰も与えられて泣いた記憶がある。
鬼のような形相で怒っていた母さんを思い出して身震いする。悪魔も母さんが恐かったようだ。意見を百八十度変えて、すぐに母さんに謝れと助言し始める。
だから、僕は恐る恐る口を開いた。
「あの、母さん」
「うん? 何?」
「今日、算数のテストを返してもらったんだけど」
「そうなの? どうだった?」
「えっと……これ」
算数のテストを母さんに渡す。母さんはテストを一瞥した後、僕に視線を向けた。
『どうして、こういう点数とるのよ! ちゃんと勉強しているの? 遊んでばっかりだから悪い点をとるのよ。いますぐ勉強をしなさい。おやつは当分の間、抜きですからね』
母さんの怒鳴る声が聞こえてくるようだ。怒鳴り声を覚悟して、ぎゅっと目を瞑る。
しかし、母さんから出た言葉は優しいものだった。
「まぁ、こういう時もあるわよ。気を落としたらだめよ」
「怒らないの?」
「怒る必要ないでしょ。コウスケは頑張ったんだから。むしろ、褒めてあげたいくらいよ。黙っていたらわからないのに、こうして正直にテストの結果を見せてくれたんだもの」