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『黄泉桜』太田ユミ子


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 失敗を繰り返してはいけないと、祖母は幼い頃から美幸に家事全般を仕込んだ。メニューは旬の筍料理に決めていた。筍は仕事帰りに近所の市場で買ってきた。五十センチもありそうな京都山城産の特上品。もちろん朝掘りだ。先の柔らかい所はワカメと炊き合わせて若竹煮に、中ほどは水気を切って天ぷらに、根っこの堅い所は細かく切り、牛肉の細切りを加え、筍を煮た出汁で筍ご飯を炊く。柔らかい姫皮は千切りにしてお吸い物の具にする。筍のフルコースが完成し、炬燵に全ての料理をセッティングし終えたのは午前三時五分前だった。
「ごめん、食べられないの」
 母は悲しげに炬燵の上に並んだ筍料理を見ていた。死んだ人はご飯を食べることは出来ない。そんな当たり前のことを忘れていた。分かっていても努力が無駄になってしまったことに腹が立った。
「お母さんはいつも私の気持ちを台無しにする。私が中学生の時、『今日はクリスマスだから早く帰るね』て、約束したから、ご馳走作ってケーキ作って待っていたのに、夜中の十二時にお酒飲んで帰ってきた」
「そんなことあったかな・・・」
「小学生の時、すごく自転車ほしかったのに、買ってくれなかった」
「そんな昔のことばかり持ち出して、死者をむち打つなんて、ひどいじゃないの!」
「ひどいのはお母さんの方よ!突然死んじゃって、それに―」
 かろうじて次の言葉をのみ込んだ。母は深いため息をつき、
「お母さんが筍好きだから作ってくれたんだね。美味しそう。きっと、おばあちゃんと同じ味だね」
「バカだよね、私。もう、ご飯食べられないのに」
「美幸の気持ち一杯いただいたから、お腹じゃなくて、胸がいっぱい。また、明日」
 美幸は母が消えて行くのを黙って見送った。仕事疲れと筍料理の疲れがどっと押し寄せた。やけになって一人で筍料理を食べまくった。
(もう、最悪。ケンカするなんて―でも、あのことを言わなくてよかった)

 瞬く間に四日目と五日目が過ぎ去っていった。母は自転車に乗れないままだ。でも、母はのんびりしていた。今日もろくに練習もしないうちに、
「美幸、二人乗りしよう」
「練習はどうするの。もう、今日と明日しかないよ」
「後でするから。ね、後に乗せて」
 練習をあきらめて母を後に乗せて走った。夙川公園を出て、国道二号線に出る。車がほとんど走っていないので、車道の真ん中を走る。広くて気持ちいい。まもなく四月になるが、夜は冷え込む。
「お母さん、寒くない。風邪ひかないでね」
「風邪なんかもうひかないよ。美幸こそ風邪ひかないように」
「お母さんに似て、丈夫だから大丈夫」
「油断していると、ポックリ逝くよ」

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