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『黄泉桜』太田ユミ子


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二

 夙川公園は阪急神戸線の夙川駅を降りてすぐの所にある。花見の名所で、夙川沿いに「さくら道」と呼ばれる約二キロの桜並木が続いている。国道二号線をはさんで南に続く、阪神香露園駅までの道は広くて舗装されているし、車両進入禁止だから自転車に乗る練習をするのにはもってこいの場所だ。街灯で充分明るいし、真夜中だから人通りも無い。練習するならここと決めていた。母が夜中に突然、あちらの世界から帰って来てリビングに現れたのは昨日のことだった。
 翌日、母は午前三時に現れた。美幸は炬燵に入り深夜番組を見ながら母を待っていた。ちょっとウトウトしたスキに、母は昨日と同じ場所に同じ若草色のスーツを着て座っていた。このまま二人でくつろいでいたい気もするが、時間がもったいない。すぐに家を出た。母を自転車の後に乗せ、夙川公園に向かった。マンションから自転車で十分ぐらいだ。
うまく行けば初日に乗れるようになるかもしれない―と思っていたが、甘かった。人に教えるのは難しい。特に身内はダメだ。
「肩の力を抜いて、バランスが大切なの!」
 何回言っても、母はこけるのを恐れて益々肩に力が入り、バランスがうまく取れない。美幸が後で支えている手を外せばもうダメだ。
「どうしてこのスーツを着せたのよ。焼かれるのにもったいないじゃないの。二十万円もしたのよ」
 膝丈のセミタイトスカート、肩パット入りの体にきっちりとフィットした上着、ブランド物のスーツは自転車に乗る練習には向かない服装だった。母は着替えることが出来ない。納棺の時に着せられた服がこの世とあちらの世界を繋いでいるらしい。
 練習を始めて三十分後、母は自転車から降りた。
「今日はもういいよ」
 母は桜の木の下に置かれたベンチに座り、桜を見上げた。桜はチラホラ咲き始めていた。美幸は仕方なくママチャリをベンチの前に止めて、母の隣に座った。初日からこれじゃ先が思いやられる。思わずため息が出た。
「やだ、ため息なんかついて。大丈夫、まだ五日もあるし」
 五日しかないのだ。母が自転車に乗れる日は来るのだろうか。自転車に乗れないまま、あちらの世界に行ったらどうなってしまうのだろう?大変なことになるとは言っていたけれど・・・。それに、母と約束した。
「お母さんが自転車に乗れた時、お父さんのことを話してくれるのなら、練習に付き合うよ」

 二日目も三日目も母は自転車に乗れなかった。四日目は雨だった。雨は前日から降り始めた。天気予報によると、春の嵐とやらで、明け方に向かって風雨はさらに強くなって行くと言う。今日はもう自転車に乗る練習は出来ないとあきらめた。美幸は台所に立ち、久しぶりに母のために食事の仕度をした。祖母が小学五年生の時に亡くなってから、家事全般は美幸がやって来た。
「おまえのお母さんには何もさせなかったから、何も出来ない大人になってしまった」

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