私は早口で答えた。
「ふっざけんなよ」
え? さすがに聞き間違いだろうと思った。
「だから、ふざけんなよお前」
え? 声にならないまま私は表情だけで戸惑っているのが頬のひきつりで分かった。
「ほんと、ふざけんなよお前」
私が何も言えずにいると、天野彰一は一歩離れて舌打ちをした。
「おまえさぁ、おれは初めて会ったときに感じたその匂いで恋に落ちたわけ。母性を感じる懐かしい匂いで。セックスのときだって、その残り香があったから最高に興奮してたわけ。これからも家族になったらお前のあの匂いに包まれたいと思ってたわけ」
「え、でも匂いくらいで。それにクローゼットの服着ればいつも通りなわけだし…」
「は、違うだろそれは。匂いを借りていたわけだそれは。おまえから発するものじゃなきゃニセモノだろう」
ニセモノ? 私が? 腑に落ちないまま首をかしげて天野彰一を見ると、天野彰一はイライラを増長させて、ふっざけんなよっ、と言った。
「悪いけど、そういうことなら、俺ちょっと考えさせて」
そういうことならって何? と言いかけて、あぁ匂いだ、と頭の中で考えた。
「え、どういうこと? 今まで話したことはなんだったの? ねぇってば」
踵を返して離れていく天野彰一に向かって、私は叫んだ。周囲の人がおもしろがりながら視線をよこすのを感じてもそれどころではなかった。
5分前は違った、1時間前はちがった、今朝だったらちがった、今朝クローゼットにあった服を着てきたらこんなことにはならなかった。待ってよ! ねぇー! 彰一! と私は溢れ出る涙をこらえられないまま大声で天野彰一に向かって叫んだ。
一人路上に取り残された私は、罰ゲームのように行き交う人々の中で一歩も歩かせてもらえなかった。
仕事もちゃんとした立場でない、若くもない、美人でもない、これといって夢もない、ここにきて恋もない、愛もない、天野彰一もいない。絶望だ、と呟いた。そんなアニメか漫画があった気がしたが、もっと面白かった。私はただ単にかわいそうな女だ、と思った。
足元しか見れないまま家に着き、弟が、帰ってきてやがると半笑いで言った。昨日までと違うのは、私に異様な悲壮感が漂っていて、明らかに何かがあったことに弟がすぐに気づいたことだった。
「姉ちゃん、どしたよ」