「べつに」
「そんなどっかの女優みたいな言い方しても似ても似つかないよ」
「うっさいな」
「ふられた?」
弟の低い声で、あぁ私はふられたのかと思った。今夜はおやすみも言えないのか、明日おはようも言えないのか、映画もごはんもテーマパークも行ける予定はないのか、とさまざまなことが沸き上がって、蒸発するように消えた。
「家族になれたらと言われた人と、家族にあなれなそう、です」
私が言うと、なんだそれ、と弟が言った。
「家族ならいるじゃんか。まぁいつか死ぬし離れるけど、今はいるじゃねぇか。いないみたいに言うなっつの」
弟がそう言って、突っ立ったままのリビングからペットボトルのジュースを持ってきて私に手渡した。私は下を向いてそれを受け取り、ただ泣いた。
そのまま自分の部屋に入り、美樹と紗英と恵美に天野彰一とのことを漏れなくメッセージした。スマホにぽたぽたと真夏の汗のように涙が落ちてそのたびに指でぬぐった。
すぐに何度もメッセージの着信が鳴り、ヒドすぎる・その男マザコンだよ・やばいのと家族にならなくてよかった・とりあえず今週どっかで集まろう、と言ってくれた。
くさやでも買って送りつけてやれ・芳香剤開けて頭から中身かけてやれ・トイレの消臭スプレーで目潰してやれ、と次々に気を晴らすためのアイディアが羅列され、ちょっと目元が緩んだ。
家族ってさ、人数でも形式でもないよ、そう思える愛情だよ。と、美樹が最後に書いた。
しばらく何も返事ができなかった。
もう着替えてしまおう、とクローゼットを開けると、心地よい、花束のような匂いが私を包んだ。あぁこれは天野彰一とじゃない、この場所にある私と私の家族の匂いだ、と思った。