天野彰一からの、今までどんな人と付き合ってきたの、という問いかけに、私は、同級生とか同期の普通の人たち、と嘘をついた。年下としか付き合ったことがなく、下手をしたら大学生という時期もあった。年下彼氏にお金を出すために実家住まいで家賃を浮かせていることも隠した。
結婚はタイミング、というのはこういうことなのだろうと思った。予想以上に展開の速さを感じられ、この人と付き合っていくということに疑問はなかった。
いつも通り、恵比寿駅で天野彰一を待っていると、急ぎ足で、遅れたかなごめん、と汗を拭いた。6回目のデートともなればちょっと遅れたくらい気にならなかった。
「今日暑いね。家で飲む?」
天野彰一はそう言って私を見下ろした。
「いいね、でもこのあいだ泊まった時化粧水持っていかなかったから肌乾燥しちゃって、あとで買ってからでもいい?」
私が言うと、もちろん、と天野彰一が言った。
「あ、なんかゴミがついてる」
そう言って天野彰一が私のうなじあたりに手を伸ばし顔を近づけた。
「来る時満員電車だったからかな、何ついてた?」
私が言うと、天野彰一は急にむっとした顔で、指でつまんだ糸くずを一瞬見せ、すぐに路面に落とした。
なんだ糸じゃん、と言って天野彰一を見上げると、無表情で返事がなかった。
「なに? どうしたの?」
私がそう聞いても、天野彰一は黙ったままで、しまいには立ち止まってしまった。
「え、なに? なんか怒ってる?」
私の問いかけに、天野彰一ははじめてみる冷たい表情で私を見下ろし、なんで? と言った。
「え、なに? なにがなんで?」
「ちがうんだけど」
「え、なにがちがうの?」
「おまえの匂いがいつもと違う」
おまえ、と天野彰一に言われたのは初めてだった。これまで経験した男の人特有のくすぐったい甘さのあるおまえではなく、天野彰一のおまえはただイヤな奴を呼ぶときのそれだった。
「匂い?」
「いつもの、花みたいな甘い匂い」
少し考えて、クローゼットに入れている消臭剤が思い浮かんだ。
「あ! クローゼットの匂いだよそれは。今日は服が買ったばっかりのやつで、ショッピングバッグからタグ外してそのまま着てきたからじゃないかな」