鞄の中から、今日ちぎった透の覚書のような紙切れを取り出した。
満身創痍のセロテープのあとがいたいたしかったけど。
くしゃくしゃのしわを伸ばして辛うじて読めた。
<こころよ では いっておいで>
つたない透の字で綴られたひらがなのことば。詩のようなことばだった。
まんなかあたりは、なにかを走り書きした跡が大きく濃い鉛筆で消されたみたいに太い斜線が入っていた。
その詩はおしまいも<こころよ では 行っておいで>で閉じられていた。
さいしょはひらがなだったのに最後は漢字になっているところが、もう2度と戻ってこないものの背中を見送っているような気持になってくる。
かなしみがぽつんとやってきたときに限って、幸せだった時を思い出すものだなって思いつつ。ほんとうはしあわせのなかに、みえないけれどかなしみがちょっとだけ土の中の雨水のように、ふくまれていたのかもしれない。
<ねぇ? とかいってみたくなるこのごろなの>
それは透のかなしみなのか栞じしんのものなのか、もう誰のものでもないような。
腕を上げて伸びをしたとき、透が着ていたTシャツのホワイトビーズの香りが漂ってくるのがわかった。
<栞はひとりじゃないとか、いわないでよ>
明日着てゆくインナーを探そうとクローゼットの中をごそごそやっていたらすっごいかたまりの円筒状のものが手に触った。
ファミリー用の入浴剤だった。
透と買い物に出かけた時、彼が買い物かごの中にどうまちがえたのかそれを忍ばせていた。
その日、咳払いしながらすっごい早口で透はふたりで生きようみたいなことを言ったのだ。聞き返そうと思った時、家族増えたときのためにとっとけよって、さらに加速度的に。もう半ば口走るみたいに。