<さびしいおばさん>は二の腕とウエストあたりをつまんで、もううんざりよって顔をした。ショーケースの前でふたたび目線が動く。
ガーリックライスコロッケとポテトグラタンのところに目が泳ぎ、泳ぎつかれた視線がようやく<ベジルドスペシャル>に落ち着く。
「グリーンとオレンヂね、いいわね。これならさびしくならないわね」
テーブルの色どりの話だと思って、「そうですね食卓もにぎやかになりますからね」と精一杯答えたら、おばさんの顔が一瞬曇った。
「ちがうのよ、おねえさん。色のことじゃないの。気持ちのことなのここのこと、ここよ」
そう言い放つと<さびしいおばさん>はふくよかな胸元あたりを指さした。
空耳かと思った。おいしいとか味覚に関することではなくて、サラダがさびしいかどうかなんて訊ねられたことははじめてだったので、耳を疑ったのだ。
その時となりで接客していた赤尾さんや声を張って売り口上にエネルギーを注いでいた黒木さんもいっしょに振り返って、妙な視線を投げかけた。
まいったなって思いながらも、いま戸惑いながら受け取ったおばさんのボールを胸の前で受け止めて、そのまま体温を損なわないうちにおばさんへの胸へと投げ返した。
「そうですね、サラダがひと皿あるだけで心が華やぎますものね。だいじょうぶですよ。<ベジルドスペシャル>ならさびしくないですよ。ご安心ください」
栞がそこまで言うと<さびしいおばさん>は、まぁおねえさんと何に驚いたのか、とにかく驚いた表情をした後で、こころなしか安堵の表情を見せながらがま口の財布を開いて、5百円玉硬貨2枚を栞の掌に置いた。
後ろのスペースでレジを打ってる時、黒木チーフも赤尾さんもおまけにブースからやっと出てきた山根君も、なにかすっごく言いたげににやにやしながら栞を見ていた。
部屋に戻るとぐたっとフローリングの床にへたり込んだ。
<みんな家族がそれぞれにいてね、家族のために買い物してるんだよ>。
栞は宙にむかってことばを投げる。
<わらっちゃうよね。家族になりそびれたくせにさ、わたしたち。家族の匂いがぷんぷんするところが職場だなんてね>。
感情の塊を吐き出したのは透が海で死んでから初めてだったので、栞はじぶんでも少しおどろいていた。
<きょう、ほらまえ話したこともあるさびしいおばさん来たよ。さびしくないサラダちょうだいって。ちょっとめいった。勘弁してよって感じだったけど>
そうは言ってみたものの弱っているせいか油断してると<さびしいおばさん>にすぐに共感してしまいそうで、戸惑った。