そんな結衣の声掛けにも、反応せず、無言で頭を床につけ続ける俺に、二人は心配のあまり駆け寄り、土下座状態の俺の身体を揺すり始めた。
口々に、大丈夫?、どうしたの?と心配し、何で謝ってるの?と俺の行動の理由を聞いた。しばらくして俺は、頭を上げると、意を決して言った。
「実は……」
俺は、防虫時計のことを一気にまくし立て、これまでやってきた事を告白し、懺悔した……
結衣と華は、俺の一連の話を、信じられないというような顔で、ときたま二人で顔を見合わせながら聞いていた。話し終えた俺は、もう一度、額を廊下に押し付けて、華に詫びた。
「ごめん、本当にごめん!」
しばらくの沈黙の中、俺は頭を下げ続けた。きつく閉じた眼からは、いつしか涙が溢れていた。
「ふふっ…」
「ふふふふっ…」
二人の微かな笑い声が聞こえた。俺は、想定していなかった笑い声に、(あれっ?)と、妙な気配を感じ始めた。その間にも二人の笑い声は次第に大きくなり、遂に二人は大笑いし始めた。俺は何が起こっているのかわからなくなり、頭を上げると、二人が笑い転げているのが見えた。
「なっ、何がおかしいんだ?」
そんな俺の問いなど気にせず、二人は笑い続け、俺は狐につままれたようにポカンと二人を見つめていた。
しばらくして、華は、笑い過ぎて涙目になった顔を俺に向けて言った。
「丁度、お父さんに会わせたいと思ってた人がいるの。来週の日曜日に連れてくるから、会ってくれる?結婚を考えている人よ。お父さんに言ってなくて、ごめんね」
俺は、事態が飲み込めず、「えっ…」と言った後、固まってしまった。
その時の俺は恐らく、人生で一番アホづらだっただろう。
「お父さんの気持ち、嬉しかったよ。あの時計、防虫時計なんかじゃないし、これからも使うね」
華はそう付け加えると、結衣と眼を合わせ、また二人でクスクス笑い出した。
翌週、俺はまた例の時計屋を訪ねた。そして、華に彼氏がいた事を、老主人に告げた。今となっては、防虫時計が防虫機能を果たしていなくて、良かったかもしれないと思っていたが、何だか老主人に騙されたような気もして、一言言いたくなったのだ。
防虫時計の機能に疑問を呈した俺に、老主人は臆面もなく言った。
「娘さんは、素晴らしい結婚相手を見つけなさった。あの防虫時計に屈しないで、娘さんと付き合おうと思うなんて、本当に娘さんのことが好きで、勇気のある男さ。防虫機能を乗り越えた勇者だよ」