そう思った俺は、いてもたってもいられず、佐藤時計店を訪ねたのだ……
店を訪ねた俺は、早速、老主人に、防虫時計のことを聞いた。本当に、男を寄せ付けない防虫効果があるのか?防虫効果はどんな原理なのか?
すると、老主人は、疑うなら、買っていただかなくても結構ですと、素っ気なく言った。老主人は、全く、防虫時計を売ることに興味がなさそうだった。だが、その態度が、――騙すつもりもなさそうだ、と逆に俺を信用させた。
老主人を疑った非礼を詫び、まずは防虫時計を見せてもらうと、なかなか洒落たデザインで、そもそも時計として気に入ってしまった。
――防虫効果はオマケでいいか、という気になり、結局、華へのプレゼントとして購入した。
大学の入学祝いだと言って、華に防虫時計を渡すと、華は予想以上に喜んでくれた。実際、肌身離さずという感で、毎日、防虫時計をして、登校、外出して行った。そんな華を見て、俺は若干の後ろめたさを感じたが、狼のような男どもから娘を守るためと自分に言い聞かせた。
社会人になっても、華は防虫時計をつけ続け、今に至っている。
防虫時計の効果は絶大で、28歳になる今日まで彼氏がいたことはない。折に触れ、結衣に、それとなく、華の彼氏の存在を聞いたのだが、彼氏はいないとのことだった。結衣からすると、自分が華を産んだ年齢にもなって、彼氏がいないことが心配だとも言った。男友達がいない訳でもなく、とりわけ華が堅物という訳でもないのに、彼氏という特別なポジションになろうとする男子が現れないことが、結衣にとっては不思議だったようだ。半信半疑で買った防虫時計の効果であることは間違いなかった。
一方、俺は、手塩にかけて育てた娘に、アブラムシのごとき、害虫男子が寄り付かないのをむしろ喜んでいた。この前、西村の話を聞き、益々、どこぞの馬の骨かわからない野郎と華が交際するなど想像したくなかった。
俺は早速、今の不安を老主人に聞いた。
「ちょっと、嫁と娘の態度が怪しいんですよ。娘に彼氏がいるのか、嫁に聞いたら、珍しく聞いてないと曖昧な答えをするし、娘は友達と旅行に行ってるって言うし。なんか典型的な、父親だけ、蚊帳の外という雰囲気があるんですよ。気のせいかもしれないが……それで、防虫時計の効果が、薄れてたりしていないか気になって……やはり、早目のチェックが肝心でしょ、害虫対策は。家庭菜園のアブラムシ対策と同じですよ」
老主人は、俺の顔を見つめたまま、「相変わらずですね」と言って、笑った。
「防虫時計の効果は電池さえ切れてなければ大丈夫ですよ。化学薬品で防虫してるのではなく、男性から交際を申し込む勇気を奪う周波数の電波を発信させる原理なのでね。まあ、この原理が門外不出の秘伝のたれなんだが……中井さんのお嬢さんが着けている防虫時計は、この前オーバーホールしたばかりだし、電池が切れている事はないし、故障しているはずもない」