「うーん、やっぱり、俺の気のせいか……」
「ええっ、気のせいでしょうな」
老主人は、防虫時計を疑うなんて以ての外だと言わんばかりの絶対的な自信を持って言った。
2週間ほど経った週末、俺はまた西村と飲み屋にいた。いつも行く会社近くの飲み屋ではなく、たまには洒落た店で飲もうという事で、新宿に新しく出来た飲み屋に行った。
想像してた通り、その日の話題の中心は、西村の娘さんの結婚式の話だった。散々恨み言を聴かされるかと覚悟していたが、西村の感想は予想外のものだった。
「いやー、中井、結婚式ってのは意外と良いもんだな」
「お前、心は納得してないって言ってなかったか?」
「そうそう、もちろん完全には納得してない部分もあるさ。でもな、聡子の嬉しそうで、大人びた顔を見てたら、何となく、もう聡子は俺の庇護がなくても、自分で生きていけるんだなとか思ってな。それはそれで嬉しい事なんだなとか思ってな」
「そんなもんかな?」
「だって、考えてもみろ。いつまでも親が道を示せる訳じゃないだろ。俺らだって、子供より先に、死んじゃうんだし。いろいろ失敗をしながらも、聡子は自分で生きていかなきゃいけないんだよ。親の心配を押し付け過ぎちゃいけないんだよ」
感情に素直な西村の言葉と思えなかった。そして、西村が何か俺より大人びたことを言っていることが、俺を焦らせ、少し打ちのめされた。
俺は、「西村らしくないな」と言うと、「心外だな」と言って、西村はカラカラと笑った。
西村の言う事は、最もな話だった。俺だって理屈では分かっている。でも、結婚式前に西村が言っていたように、俺も心が納得していないのだ。華が哀しい思いしている姿を見たくない……
俺は家庭菜園のトマトを考えていた。アブラムシが付かないように、俺が丹念に育てた、水々しいトマト。だが、もし、食べるのが惜しくて、収穫しないまま、枯れていくとしたら……
――トマトは幸せなのか?
「おい、中井、聞いてるのか!」
西村の話を聞かず、いつの間にか物思いしていた俺に、西村が文句を言う。
「いや、聞いてるよ……」
「嘘つけ、華ちゃんのこと考えてたろ?」
「いや……」