あえなく落城した俺の言葉を聞いて、西村は、嬉しそうに、「だろっ?」と言った。
「ああっ、俺も華が嫁に行ったら複雑だ」
「そうだろう、そうだろう。それが今の俺の気持ち!」
西村は、生ビールをグイッと飲み干すと、グラスを掲げ、「おかわり~」と叫んだ。
「幸いかどうかわからないが、華には、そういう人、いないみたいだけどな」と俺は付け加えた。西村と俺の境遇を分けているのは、この一点に尽きると言っていい。
「そうか、華ちゃんには彼氏とかいないのか」
「ああっ、いないみたいだ」
「でもな、中井、気をつけろよ。家族で娘の彼氏の存在を知らないのは父親だけだからな。奥方はとっくに知ってるなんて話、山のようにあるからな。かく言う、我が家もその例にもれずだ。まったく、あいつらときたら、俺に内緒で……」
西村はちょっと悔しそうに、テーブルに目を落とす。
「ああっ、気を付けるよ」
絶対にそんなことはないと、根拠のある自信を持っている俺は、友人の忠告を軽く受け流した。
その後は、娘の結婚が嬉しいのか、悲しいのか分からない西村の思いを散々聞かされる羽目となった。
西村と飲んだ翌朝、眼が覚めると9時を回っていた。俺は両腕を天井に向けて伸ばし、「あ〜あっ」と大きなあくびをしながら、リビングに入っていった。
妻の結衣が、キッチンで何かの作業しているのが見えた。
俺は、「おはよう」と結衣に声をかけると、ダイニングテーブルのいつもの席に座った。
作業を続けながら、「昨日は、西村さん?」と結衣が尋ねる。
「そう、西村」
「元気だった?」
「ああっ、あいつはいつも元気だよ」
結衣も、西村と同じく、俺と同期入社で、同じ教育クラスだった。つまりは、かつての同僚だ。俺が言うのも何だが、結衣は、知的な美人で、教育クラスのマドンナ的存在だった。当然、男子社員からの人気も高く、かの西村も結衣に憧れていた。だから、面白みのない、真面目な男と評される俺が、結衣を射止めたとき、西村らには散々いじられた。
(何で、社交性のある俺じゃなくて、中井が選ばれるんだよ。世の中、不条理だな)というのが、西村の言だった。西村には、そんなだから選ばれないんだよと言ってやりたいが、兎にも角にも、西村のことを結衣は良く知っている。
「西村のとこの聡子ちゃん、来週、結婚式だってさ」
俺は、昨日の西村との会話の中心議題を、結衣に告げた。