だが平凡な大人が毎見るこの情景など、子供にとっては退屈な光景だ。
線香の香りは物珍しく、読経は意味知れない子守歌。
俺の娘も他の子供と変わりなく、この状況に退屈した様子を見せていた。
しかし親馬鹿と言われようだが、うちの娘はお利口にしている。椅子に座る俺の膝の上に乗り、宙に浮いた自分の足をぷらぷらと振りながらも静かにしていた。
俺は娘の頭頂部を覗き込みながら、親類の列で弔問に訪れた人々に頭を下げる。
母親は目頭にハンカチを押さえながら。兄夫婦は恭しく挨拶をする。
ひとしきりの弔問客を迎え、ふと正面にある祭壇を見つめた。
白黒の遺影の顔。親父は笑っていない。
口を真一文字に結び、むすっと機嫌の悪い表情。もう少し真面な写真があったろうに。母親も何故にこの写真を選んだのか分からない。
まあ親父らしいと言えば、その顔だ。最期にして満面の笑顔というのは似合わないか。
結局、親父は分からない人だった。
連れ合いも、飲み交わしも無いに等しい。機会がない分、語り合う事も無い。
今更ながらに喋らない遺影に向かって、心中で語った所で意味をなさない。ため息交じりに親父の顔を見つめていた。
その時だ。焼香あげる人物に目が行ったのは。
――洋装の喪服姿の麻美の姿。祭壇に向かって深々と手を合わせている。
正直、驚いた。
義理立ては薄いはずだ。通夜に参列する義務は無い。
焼香をあげ終え親類に向かっての挨拶をする麻美に、頭を下げながら俺は不思議に思った。
だが、頭を上げるとその不思議は続いていたのだ。
続いて焼香を上げていたのは、小学校時代の親友だった洋介が。
その背後には知美の姿もあった。
訳が分からなかった。
成人になってからの付き合いは殆ど無い。洋介といえど、つい最近になって再会したばかりだ。
――今一度、弔問に訪れた人たちを見てみれば。
年配の人たちは親父の仕事関係の人間や、親類だとは分かる。
だが明らかに若い、年代が俺と同世代の人達も多くいた。よくよく見れば、何処となく見覚えのある顔ぶればかりだ。
一瞬は混乱した。
だが俺は妻に娘を預けると、葬儀途中を構わずに焼香を終えて出て行った洋介の後を追っていた。
「なあ、洋介!」
祭儀場から出た直後の洋介を俺は呼び止めていた。