6月期優秀作品
『昇る煙』洗い熊Q
くねるように立ち昇ってゆく白い煙。神聖な龍という振る舞いより、立ち篭める陰湿で、何時までも残る漂う煙。
親父の吐いた煙草の煙はそういう印象だ。
トタン板の白い背景に黒く太い文字で描かれる「井上コピー社」の文字。その黒い文字前を、大抵に天気がいい日には白い煙が舞っていた。
店の玄関前、直ぐ脇だ。
脚の付け根が錆びはじめたパイプ椅子が一脚。円盤皿の鈍い光を放っている灰皿。それを手作り感ある鉄柱の三脚に乗せ、いつもしけもくが満載の状態で。
いつも親父はそこで煙草を吸っていた。
俺が小学生当時は禁煙やら分煙やら、そんな規制など思いつかない時代だ。中にいる同僚に気を使って、外で煙草吸っていたんじゃない。
中にある印刷機や印刷物に気を使っているだけだ。
そういう人だ。俺の親父は。
嫌いだ。そういう風ではない。ただ苦手だった。小学生だった俺は。
自宅から小学校へと向かう道。学校まではそう遠くない。
両脇に迫る住宅。車がすれ違うのが程々の道幅。有るのか分からない歩道を示す白線。子供が行き交うには少し不安に思うか。
見える住宅の景色は幾らか変われど、俺が小学校に通っていた当時の雰囲気は残っている。
学校に近づいてくれば、どちらが背負っているか分からない、大きいランドセルをゆっさゆっさと揺らしながら歩く小学生達とすれ違ってゆく。
自分もそうだった。そう微笑ましく子供達を見送ると、母親らしき女性の集団ともすれ違う。
どんなに優しい目で見ようが、子供を見送っている俺に、母親達はきっと少し睨みつける視線を送ってくる。一瞬だが。
ばつが悪くなる。だが睨まれても致し方ないとも分かる。今の時代。
校門近くまで来れば、多くの小学生、子供の出待ちする母親達、道路脇に無理に停めて送り待つ車達。
ごった返す校門前。何かあればこんな感じなんだろう。
学校から次々と小走りに出て来る小学生を見ながら、俺は目当ての子を探し、そして見つける。
腰を落とし膝に手を突いて迎える自分に、小走りのままに一人の女の子が叫んだ。
「パパ~!!」
「よお、お帰り~」
駆け寄ってきた女の子をランドセルごと俺は抱き上げていた。
「パパ、おむかえにきてくれたんだ?」
「ああ。ママ、忙しいんだって。パパが迎えに来てイヤか?」
「ぜんぜん!」