「ああ、だね」
小学生に上がったばかり。俺が一人で帰宅中に偶然に前を歩いてる上級生男子、二人の会話だ。
「いい身分なんだろうなぁ。暇さえあればタバコを吸って」
「社長なんじゃねぇ? 従業員こき使って。自分は楽して」
「大したことないんじゃない、あの会社。社長があんなんだもの」
「父さんが言っていたよ。社長は働かない動物だって」
その二人は親父を見ながら、くすくすと嘲笑っていた。
今なら分かる。上に立つ者の厳しさというものを。社会に出て知った事だ。
その頃は。ランドセルの大きさに負ける子供だった俺は。
――恥ずかしかった。
子供ながらに。何故、恥だと理解もせずに。
その上級生に言い返すことも出来ただろう。そんなんじゃないと。
だがその言葉が出てこない、知らない。
そう知らない。親父がどんな人間で、どんな仕事していて、どんな事を考えているなんて。
知らないから、ただただ、親父のあの姿が恥ずかしく感じていたのだ。軒下に立ち篭める、あの煙と共に。
「ねえ、洋介君を覚えてる? 浩介君とよく遊んでいた」と麻美が唐突に聞いてきた。
「洋介? ……覚えている所か、つい最近に連絡をもらったよ」
「そうなの!? 彼もここの地元に戻って来てるんだよね」
「ああ、それを聞いた。随分と前に引っ越してきながら連絡するのが遅くなったぁ、とは言っていたが」
「そうなんだ~。彼の子供も私の三女と同じ学年なんだよ」と麻美は笑いながら言った。
「それは初耳だ。……あいつの子供なんて想像つかないな。洋介自身が子供のまま成長した感じだったからな」
「あ、会ったんだ?」
「すれ違いにね、電話もらった後。軽く話しただけ」
「でも子供のまんまって、その通りだよね~。本当、そのまま大きくなりましたって感じだよね、彼」と麻美は更に高らかに笑っていた。
彼女の笑いに誘われるように俺も笑いそうになる。笑い返そうとして麻美を見た時、彼女は何かを見つけた顔をしていた。
麻美は俺の背後に見えるものを指さし言った。
「ねえ、あれ。あの人わかる?」
振り返って見えた先、居たのは軽自動車に乗り込もうとする女性が。俺の娘と変わらない年頃の男女二人を、後席へ乗るようにと促しているようだった。
物静かな容姿の女性だが、服装も仕草も雑な、正に母親という雰囲気を醸し出していた。